第3話

 しばらく歩けばすぐ、ターミナルについた。いわゆる乗合馬車の駅で、元の世界で言うタクシーロータリーみたいに円環状の道ができている。

 近隣の町なり村なり城なりへはもっぱら、ここから馬車に乗って向かうことが普通だ。

 

 一応、大陸を横断する鉄道なんかもあるにはあるんだけど……各地域の主要拠点にのみターミナルがあるいわゆる長距離移動になるため一般市民には縁があまりない。

 長旅するよう人達なんて普通、冒険者でもなけりゃあんまり見かけないしな。

 

 さておき汚泥袋を引っ提げて焼却処理施設行きの馬車停へ。タイミングが合うなら馬車があって、荷台に袋を載せればいいだけなんだが、合わなかったら馬車が戻ってくるまでの間、待ちぼうけになるんだが……

 

「ま、いるわなそりゃ。定刻通りで何より」

「さっすが至道、焼却処理施設行き馬車についてはバッチリ把握済みよねー」

 

 大して役には立たないんだけどな。向かう先、たしかに施設行きの馬車があることを受け、姫さんが感心してくる。

 こちとら10年、毎日とは言わないがほぼ2日3日に一回は通ってるターミナルだ。把握してないわけがない。ましてやこの季節、雪まで降ってきた空の下を待ちぼうけ食うなんて冗談じゃないからな。

 

「お疲れ様ーっす。汚泥お待ちーっす」

「やあ、オードリーさん。奥さん連れて毎度どうも」

 

 焼却処理施設行きの馬車を担当している、顔なじみのオークと軽くやり取りする。

 豚面の温和なおっさんなんだが、口から突き出た牙が意外と鋭い。なんでもオークという種族においては牙の冴えと鼻の形が魅力に直結しているそうで、おっさんも割とこだわってるそうだ。

 

 ──当たり前のようにオークなんて言葉を使っているが、まあ要するにそういうことだ。

 この世界、ファンタジーゆえか人間以外の人類も普通に生活している。種族ごととかですらなく、完全に混じり合っての共存という形でだ。

 オーク、オーガ、ゴブリン、エルフ、サキュバス、インキュバス、リザードマンなどなど。果てはラミアだのスキュラだのハーピーだのまでいたりする。

 

 遠い昔にはそれぞれ種族間で争ってたそうなんだが、今じゃ世の中どこもかしこも日本ナイズされた景色の広がるファンタジー日本モドキの昨今だ。

 みんなひとまとめに"日本っぽい町並み"に暮らして、特に大きな諍いもなくうまい具合にやれちゃってるという、不思議な世界なわけだった。

 

「ほい、今日の分」

「はいはい。どうも、お疲れ様ですー。じゃあこれ、証明書です」

 

 汚泥袋を引き渡す。はあ、重かった。代わりにと受け取ったチケット、こいつが溝浚いしましたよって証明書だ。

 これをギルドに引き渡せばお仕事は終わり、俺はお給金をゲットしてその日一日を食いつなげるってわけだ……いやまあ、実際のところ他にも稼ぎ口があるから、そこまで困窮してはないんだけども。

 

 俺にはそこそこな重さの袋も、オークおじさんにとっちゃ空気みたいに軽い代物らしく、ひょいと持ち上げて荷台に放り込んだ。

 たぶん姫さんにも同じことができるだろう。すごいね現地人、すごいねチートパワー持ち日本人。

 俺とは大違いだ。

 

「……また、変なこと考えてるでしょ」

「歳を食うほど、いらんことばかり頭に過ぎってね。困るよまったく」

 

 不意に胸中に抱く、いつものコンプレックス。

 どうして俺だけが何も持たされなかった? どうして俺だけが、無力なんだ?

 そんな思いを、姫さんは的確に見抜いて指摘してきた。

 

 いつも、この子にだけはバレるんだよなあ。知り合って5年、ほとんど夫婦同然の付き合いになって2年なんだが、どうにもこればかりは座りが悪い。

 口どころかおくびにも出してないのに人の醜いところを見抜いてくるんだからすごい話だ。エスパーか何かかね、この子は。

 

「寒いし、お腹が減ってるから妙にネガティブになるのよ。早く行きましょ、ご飯ご飯。今日のお昼はどうする、至道?」

「んー、居酒屋でおでんで一杯! なんてのは?」

「昼から呑む気? ……ま、いっか! 私ももうオフだし、お酌させていただきますわよ、オ・ジ・サ・マ?」

「オ・ニ・イ・サ・マ。ね?」

 

 31はまだまだ若造だって、30になったら気付くんだ。姫さんも10年したら分かるさ。その頃には俺、何してんだろうな。

 ──と、不意に首にかかるマフラー。姫さんが、自分のつけてるマフラーを半分、俺に巻きつけてくれたのだ。

 汚れちゃいないとはいえ、俺、溝浚い後のつなぎ姿のままなんだけどな。

 

「俺、溝浚いしてきたんだぞ姫さん」

「気にすることじゃないわよ。ね、手も繋ご?」

「ああ……ありがとう」

「こっちこそ。いつもありがと」

 

 手に手を繋ぎ、温もりを分かち合う。

 姫さんは……姫莉愛は、いい女だ。いつも思うがこういう時、ことさらに強く思う。

 自分もいろいろあるだろうに、俺を気遣ってくれて。まったく俺にはもったいないくらいの嫁さんだよ。

 

「お熱いですねえ、お二人さん……っと。そうだそうだこれ、はいジュース。こっちも熱いからお気をつけて」

 

 そんな俺達を見ていたオークのおっさんが、むず痒そうに笑いながらも缶ジュースを手渡してきた。

 ブラックコーヒーと、コーンスープ。どっちも寒い季節には助かる代物だ。

 

「どうも。姫、コーヒーとコーンスープ、どっち飲む?」

「んー、コーンスープ!」

「あいよ。じゃあ俺はコーヒーで」

 

 姫さんの飲みたい方を先に渡し、俺は俺で缶コーヒーを手に取る。熱い……火傷とまではいかないが結構な温度だ。

 ポケットに入れて、そしたら懐炉にちょうどいい温かさだ。姫さんも同じように懐に入れて、にへらと俺に笑いかけてきた。

 幸せそうだ。俺も笑う。

 

「ありがとなおじさん、また来るよ」

「ありがとうございまーす!」

「はい毎度。帰り道は気をつけてねお二人さん、今日はここからさらに冷えるよー!」

 

 オークのおっさんに別れを告げて、俺達はまた、歩き出す。

 ギルドに行かなきゃならんけどそれはそれ、まずは腹拵えといきますかね。

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