第2話

 俺を除いた異世界転移者──大体みんな日本から来た日本人ばかりだもんで、この世界でもすっかり日本人で通じちまうわけなんだが──達には一つ、揃って共通点がある。

 なんでも転移してくる直前、"女神"とか名乗る女にとてつもない能力を一つ、授かるのだそうだ。

 

 たとえば世界を破壊しかねないほどの腕力だとか。

 たとえばこの世の理を自在に操る魔法の力だとか。

 あるいは千里を一瞬で駆け抜ける脚力だとか、空を自由に舞う鳥のような飛行能力だとか。

 

 まあ、そういうファンタジーらしいすげーパワーが目白押し、各人に渡されているようなのだ。俺以外。

 ……そう、俺以外。どうしたことか俺だけは転移した時、そんな自称女神なんぞに会ってもなければ、意味不明なスーパーパワーを授かったりもしていないのだ。

 

 なんでだよ!! と、叫んだのは忘れもしない転移して1か月経った頃合い。

 さっき言ってたように粋がった挙げ句半殺しにされたところを、先輩日本人に助けられた俺は上記の事実を知らされて、思い切りキレたのだ。なんならキレたあとで泣いたし、泣いたあとで不貞腐れた。

 

 今や転移してきた日本人だけで何百人といるのに、その中で俺だけがなんのチートパワーも持ってないのだ。悪夢以外の何物でもない。

 実は隠された力があって……って展開を期待して5年はあがいたけど、もう最後のほうは破れかぶれだったところを知り合いの日本人から町の人達まで総出で止めに来た始末だから嫌になる。

 

 思えば、あの頃が人生で一番しんどかった時期かもしれない。それからはほら、いろいろ諦めたから、逆に気が楽になったところはあるからな。

 そんなわけでそこから10年。俺は身の丈をわきまえた生活に従事しているわけでしたとさ。

 

「……雪か」

 

 溝もぼちぼち綺麗になって、はあ仕事も終わりかと思い始めた昼の頃合い。チラついてきた白粉に空を見れば、薄灰色の空がにわかに泣き出していた。

 このあたりの地域は毎年、冬になると結構雪が降る。積もるところまでいくのは大体新年明けたあたりからの2ヶ月程度になるので、そろそろシーズンってところかね。

 寒くて辛いんだ、ここからの溝浚いは。まあ慣れてんだけど。

 

「…………ふう。こんなもんか」

 

 今日はここまでやるぞー、と決めていた範囲の溝の汚泥を粗方掻ききり、まあまあ綺麗になったのを見て頷く。

 どうせ半月後にはまた元の木阿弥だろうが仕方ない、排水溝ってそんなもんだしな。おかげで俺にもやることがあるわけなので、ありがたい話と思わないとな。

 

 終わり終わりーっと。さ、あとは泥袋捨てて帰りに一杯やって、そんでもってギルド行って報酬もらって帰るかあ。

 そう思いつつ、掻き出した汚泥を詰めた袋を担ぎ、歩き始めた矢先だった。

 不意に、背中から声をかけられた。

 

「精が出るわねー、至道。寒いのにお疲れ様」

「うん?」

 

 突然の呼びかけ。振り返るとそこには女の子がいて、俺に笑いかけている。

 知った顔だ。というか、内縁の妻だな。長髪を金に染めてシャツにスカート、ブレザーのいわゆる学生服。そして上にロングコートと長いマフラーを羽織っている。

 パッと見ギャルって感じなんだが、腰には刀を2本差してるのが特徴的だな。侍ギャルか。

 

 強気な眼差しはうっすら化粧していて美人系だ。会った当時は可愛い系だったんだが、さすがに5年も経てばキレイ系になるわな。もう成人してるはずだし。

 とにかく俺は、その女に向けてスコップを持つ手を軽く挙げて応えた。

 

「よ、姫さん。なんだ、冒険の帰りかい?」

「まぁねー。あんまり家でおこたに篭ってると、正月太りしちゃいそうだしちょっと遊びがてらね」

「御苦労なことで……別に、ちょっとくらい肉つけたって罰は当たらんだろ。ただでさえ細っこいのに」

「あーそれセクハラー! ……まあいいんだけどね至道なら。んふふ、ありがと!」

 

 親しげに笑う女の子。姫さん──と、俺は呼んでるんだが別にどこぞのお姫様じゃない。名前に姫がついてるから姫さんって呼んでるだけだ。

 雛野姫莉愛。ヒメリア、いい名前だよな。俺にはもったいないくらいよくできた女の子だ。

 

 ともあれ姫さんが、俺の隣にやって来て一緒に歩く。雪の降る町は、行き交う人達もみんな、寒そうにしている。

 今から向かうのは町外れにある焼却処理施設……と往復で馬車が走っているターミナルだ。そこで無償で汚泥回収をしてくれてるから、渡しに行くのだ。

 おまけ的に缶ジュースをもらえたりするから地味に嬉しい引き渡しだな。

 

 と、姫さんが不意に尋ねてきた。

 

「朝大体8時から今の13時まで、休まず働いてトータル何円くらいだっけ? それ」

「んー? えーと大体4000円くらいだな」

「安っ。え、もうちょっと賃上げしてもらえないのそれ」

「これでもギルドにゃ色つけてもらってるんだけどなあ」

 

 俺の今日のお給金を聞いてドン引きしているけど、まあこれでも稼げてるんだよ溝浚いの割には。

 一応これも冒険者ギルドから正式に出てる依頼なんだけど、誰もやる人いないからもっぱら俺専属だ。地味に環境美化や治安維持に貢献してるそうで、実のところそこそこ色つけてもらってたりするけどそれは言わない。どこかから漏れて不公平とか言われても困るしな。

 

 ちなみに今、当たり前のように日本円が出てきたけれど。

 日本人が毎年毎年結構な数、こちらの世界にやってきた挙げ句に方々で大活躍した結果……なんとこちらでも"日本円"という名前の通貨が普通に流通してしまったのだ。

 いやもう呆れるよな。まあ、日本人としては助かる話なんだけども。

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