異世界郷友会

てんたくろー/天鐸龍

第1話

 異世界転生、なんてよく分からん出来事が、なんの因果がこの身に降りかかってから早15年である。

 当時16歳のピチピチ少年だった俺こと大鳥至道くんも今では31歳の立派なオジサン冒険者だ。いやはや、光陰矢の如しってのはまさしくこのことか。

 

「今日も今日とてお仕事お仕事っと……」

 

 言いながらもスコップ片手にえっちらおっちら、町は片隅の路地にある、生活用の溝を浚っていく。汚泥はすぐに溜まるから、こればっかりは仕事が絶えることはない。良いんだか悪いんだか。

 日も高く清々しい寒空。ついこないだ新年明けたばっかりの冬の空気が身体にこたえるが、かれこれ10年やってきた作業だ。すっかり慣れた手付きで、俺は仕事を進めていった。

 

「雑煮食いたいなあ……神殿とこの出店にあったかな?」

 

 スコップで汚泥を取り除き、ゴミ袋に突っ込んでいきながらも独り言ちる。これもまた、いつものことだ。

 

 それなりにファンタジー色豊かなこの世界だが、町だの村だの人の生活についてはかなり、元いた日本に近い文明だったりする。

 年末年始になると当たり前のように、人々は地元の神殿やら教会にお詣りしたりするし出店なんかも開かれてお祭り騒ぎの様相だ。雑煮なんかも売ってるんだから来た当初はしこたま驚いたもんだよ。

 

 これっていうのも実のところ、こちらの世界に毎年、日本人が何人も転移してきているがゆえに起きている文化流入らしいんだよな、これが。

 なんでも古くは550年前の文献にはすでに日本人の存在が確認されているんだとか。戦国時代とかその頃からってんだからやばい話だ。

 

 そんな事情もあってかこの異世界は今や、世界レベルで概ね日本だったりする。

 俺の今いるこの町が転移者達の起点、転移して真っ先に訪れるはじまりの町ってやつなんだが……ほぼ全員、ある程度慣れてきたら町を出て世界を見て回り始めるわけで。

 そうなると各地に日本人が訪れて、各々が持つ日本の知識や文化なんかを意図してかしないでか、広める形になってしまったってわけだ。

 

 おかげさんで少なくともこの町はあれだ、電気も水道もガスもちゃんと通っている。トイレだって水洗式だし、黒電話なんかも各ご家庭に行き渡っている。

 さすがにクーラーなんてのはまだないけども、扇風機もあるし冷蔵庫、果てはテレビすらあるほどだ。さすがにこの辺は高級品だけどな。

 だからかこの100年で、一気に世界中の文明が底上げされたって話を以前、どなたさんからか聞いた覚えがある。

 

 反面、日本のものでこちらに伝来してないものって言うと、強いて言えば車とか銃火器だろうか?

 よりによってそこら辺が一切伝わってないってのもおかしな話なんだが、前に会った転移者の中の大御所の爺さんが言うにはこの世界の人間にそんなもん要るか? だそうだ。

 うーん納得。車はまだしも銃火器は完全にいらねえわな。

 

「この世界、元の世界の人間の10000倍は強いもんなあ……」

 

 そう、どうしたことかこの世界の現地の人々、信じられないくらい強いのだ。全員人の皮被ったゴリラかカバかコモドドラゴンじゃねえのかってくらいにはヤバい。

 思い出すのは最初の最初、16歳の時。なんにも知らねえ俺は、アホなことに自分をラノベの主役か何かと思い上がっていて、冒険者になった途端に調子にこきまくった挙げ句、地元のチンピラにボコボコにやられたのだ。

 

 そしてその時助けてくれた、転移者の先輩から初めて知らされたわけだ。この世界の人間は、元いた世界の人間よりもずっと遥かに強い、ってなことを。

 何も特別なものを持たない人間では、下手すると生まれたての赤ちゃん相手にも殺されかねないほどにこの世界は、誰も彼もが強すぎるのだ。

 

「俺もよくイキったもんだよなあ……命知らずにもほどがある」

「おやオードリーちゃん。精が出とるねえ」

「あっ、どうもー」

 

 げんなりした思いで苦い記憶をつぶやいていると、この辺にお住まいの老婆さんが通りがかって俺を呼んできた。オードリー……大鳥ってのがなんか知らんがいい感じに訛ったみたいになったあだ名だ。

 至道はシドーなんて呼ばれて、つまるところはオードリー・シドーだなんて呼ばれてるってわけ。海外ドラマの俳優さんみたいでお気に入りの呼ばれ方だっていつぞや言ったら、当時面倒を見ていた転移者の後輩に呆れた目で見られたのもいい思い出話さ。

 

 あいつ、どこで何やってるんだかなあ。

 生きてりゃたぶん、そのうちどこかで会えるとは思うけど。

 遠い目をしながらも、なんやかや老婆さんと話し込む。

 

「毎度ながら俺にはこいつくらいしか、とりえがないようで。ハハハ」

「もう、またそんなこと言って! いつも町を綺麗にしてくれてるんだから、もっと自信持ったらいいんだよあんたも。立派だよ、本当」

「いやあ、お言葉だけありがたく」

 

 この老婆をはじめ町の人々からは、かれこれ10年も清掃活動に従事してきた暇人もとい異世界転移者ということでもう、すっかり名物みたいに扱ってきている。

 だから俺のことをそれなりに評価してくれているみたいで、そこはありがたいんだが……溝掃除の達人ってのは率直に微妙だ。

 

 本当ならもっとこう、英雄とか勇者とか冒険者として名が売れたかった。本音がじわりと心から湧き出てくる。

 立ち去っていく老婆に手を振りながらも胸中には嫉妬。醜い感情だがたしかに俺は、他の異世界転移者達に向け、ジェラシーを抱えている。

 

 俺には一つも与えられなかったものを、彼らは転移してすぐに獲得した。そしてそれをもって才能を花開かせて今や世界を股にかけての大冒険を繰り広げたり、商売を始めて大成功を収めたりしている者達がいるのである。

 去年やって来た後輩でさえ、もうすでにそっち方面に行こうとしている始末だ。

 

 そういう、綺羅びやかな世界に生きる彼らに対し。絢爛たる風景に乗り込もうとしている彼らに対し。

 俺はどうしても、翻って我が身を顧みてこう、呟いてしまうのだ。

 

「──俺にも、チートパワーってやつがあればなあ」

 

 俺にだけなぜか与えられなかった超能力。

 それが今でも時折、胸疼かせるコンプレックスとなっている。

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