第5話 普段は嫌なやつだけど映画の時だけちょっと良いやつに見える現象

 パンフレットにはさっき秀一が言ったような、AEDを使用する時の使い方や、その時に救急車も同時に呼ぶから119に連絡をすること、などといった情報が載っていた。


 次のお題はこんな内容だった。

『ペアの子と協力しよう。それぞれに課題を出すから、落ち合う場所を決めておいてね』


「どこがいい?」

「図書室前がいいかな」

 秀一は地図をざっと眺めると、図書室と書かれた一点を指した。

「オッケー。時間かかったらごめん」

「平気だよ。それに、友也くんの方が早くクリアできるお題かもしれないだろ。運動神経の良い人が有利とか」


「僕の運動神経は普通だよ。あ、でも高い所上るのは得意だよ。昔、他の人の家の屋根を上って、母さんにめっちゃ怒られたことあるんだ」

 秀一は呆れた顔をした。

「それは怒られるね……」


 秀一と分かれた僕は、改めてお題を見た。

『自分以外の人とQRコードを交換しよう』というお題だった。

 なるほど他チームの人を探すわけか。

 よし。これなら時間をかけずにクリア出来そうだ。


 僕は歩き出したけれど、こういう時に限ってなかなか他の子と出会えない。

 すると、奥の方から話し声が聞こえてきたので、僕はそちらに向かってみた。


「何でそんなこと言うんだよ!」

 話し声というより、叫び声が聞こえてきた。

「だって君、カンニングしてたでしょ」

 参加者の子が二人いて、お姉さんと同じ白衣を着た若い男の人が二人の前に立って、そう告げていた。

 目元まで髪が伸びていて、なんとなくだらしない。


 けれど文句を言う子には、一歩も引かない。

「はあ? 何の証拠があるんだよ」

 二人組の子のうち、一人がお兄さんに掴みかかるんじゃないかという勢いで声をあげる。もう一人の子はおろおろしていた。


「君、問題をネットの掲示板に書いたでしょ。カンニングした答え、書いたの僕なんだよね。こういうことが起こるかなと思って張ってたら、案の定だった」

「えっ」

 カンニングするような問題あったかな、と思い返してみたら、さっき僕らが挑戦した学力テストがそうだった。


「残念だけど、君の魂は囚われゲーム失格。スマホの電源も落とすから」

 なるほど、このお兄さんが操作していたのか。さっき失格と告げた声も、このお兄さんの声で間違いないだろう。

「さっきの会話も聞かせてもらったけど、君普段からカンニング行為していたらしいじゃん。今のうちに痛い目見て、やめた方がいいね。でないと君の一生めちゃくちゃになるよ」

「う、うるさい! お前に俺の気持ちがわかってたまるか!」


「そしていさめてくれる人が誰もいなかったんだね。

 あのね、コピペして社会的制裁を受けた大人が、この世にはたくさんいるんだよ。

 本当は音声で失格を伝えて、後は放っておこうかと思ったけど、僕は優しいからはっきり言ってあげる。

 そんなことしてたら一生ズルを辞められなくなるから、今日のことをきっかけに辞めるんだね」


「うるせえ!!」

 次の瞬間、その子は設置されていた簡易式の消火器をお兄さんに向かって振りまいた。

「わわわ!」

 その子の鋭い視線が、廊下の奥の方にいた僕にも向かう。


「聞いたお前も道連れだ!」

 ちょっと、何で僕も⁉

 その子が振りまきながら追いかけてきたので、僕は慌てて走って逃げた。



 はあ、大変なことに巻き込まれるところだった。

「あんな漫画みたいなことするやつ、本当にいるんだ……」


 それよりもQRコード!

 僕が焦りだしていたら、廊下の角から、さっきのお姉さんが現れた。

 そしてもう一人、僕と同じ参加者がいる! と思ったら、さっき体育館で失格になった大柄の男の子だった。

 不機嫌そうな顔をして椅子を運んでいる。どうやら手伝いをしている(させられている?)みたいだ。


「どーしたの?」

 僕のがっかりした顔を見かねたのだろう。お姉さんが尋ねてきた。

「お題をクリアしたいんだけど、なかなか上手くいかなくて。お姉さんは何やってるの?」

「私は見回り。皆が危ないことがないか、確認して回っているの」

「さっき消火器振り回している子がいて、お兄さん大変そうだったけど」

「え! そんなことが起こってたの⁉ もう、何かあったらすぐ連絡してって言ってるのに!」


 お姉さんが慌ててタブレットを取り出した隣で、僕は大柄な子に近寄ってちらっと尋ねた。

「あのさ、スマホって復活してないよね」

「してないよ。喧嘩売ってんのか?」

 僕は慌てて首を振った。

 いや、ほらあの条件は、自分以外の人のQRコードということだったから、この子のゲームアプリが復活していたら、交換できるかなーと思ったんだよね。


「え、よく復活できること知ってるね」


 お姉さんがタブレットを操作しながら呟いた一言に、僕とその子は弾けたように顔を上げた。

「え?」

「え?」

「あ、やば」

 お姉さんはわかりやすく口を押さえた。


「復活出来る方法があるってことだね?」

「さあ~」

 お姉さんははぐらかした。

 もしかしたらアプリのどこかの説明に載っているかもしれないけど、時間がない。


「お願い、願い! ヒント教えて! お姉さんみたいな綺麗で可愛くて美人な人に教えてもらったら、絶対に嬉しいんだけどなあ」

 お願いします、と手を合わせる。背中を叩いて、失格になった当の本人にも同じポーズをしてもらった。

「ほら、こいつも反省してるし、ね?」


 反省しているかどうかはこの子にしかわからないが、今必要なのは目に見える誠意だ。

「……おい」

「いや、ちょっとでも悪いなあって思う気持ちがあったら、今チャンスじゃん」

「う……」

 するとその子は小さい声で「すみません」と言った。

 ということは、ちょっとでも悪いなあって思っていたということだ。


 お姉さんは、そうねえと思案した。

「まあ、ヒントボタン押したってことで、これぐらいならいいか」

 よっしゃ。僕は心の中でそう声をあげたが、表向きはあくまで謙虚にいく。


「このゲームは、クリアするヒントとなるアイテムを用意しているの。気付かなくても楽しめるし、気付いたらより深く楽しめるし、早くクリア出来る。失格になった子もね」

「え」

「さあ、君たちはどうする?」

 お姉さんはふふっと笑った。

 僕は考えを巡らせた。


「アイテムといえば、理科室の不正解の方の薬。ずっとあれが引っかかっていたんだ」

 頭が良くなる薬。歌が上手くなる薬。運動神経が良くなる薬。背が高くなる薬。友達が出来る薬。


 あれはひっかけともいえるし、柔軟に考えれば答えは一つと限らないと言える。

 でも中には明らかにあの問題に当てはまらない薬もあった。

「ああ、あれね。何の薬を選んだの?」

 お姉さんは尋ねた。

「僕と相方の秀一が選んだのは、頭が良くなる薬だったんだけど……」


 ふと僕はAEDのパンフレットに混じって、さっき『友達が出来る薬』(の紙)を持っていたことを思い出した。そしてこのゲームの最初のお題は確か……。

「これだ!」


 僕は友達が出来る薬(の紙)をその子に渡した。

 彼のアプリは終了しちゃったけど、スマホの電源が落ちてしまったわけじゃない。

 カメラを起動させ、QRコードを読み込むと……アプリが再起動した!

 これで復活出来る。


 お姉さんはよく出来ました、と拍手した。

「あーあ、一人手伝いしてくれる子がいたら、助かったのにな。でも楽しんでね。今度はいじわるなこと言っちゃダメだよ」

 僕はその復活した子の個人用QRコードを読み込みさせてもらった。

 これでお題はクリアだ!


「おめでとう。良かったね。そうだ、さっき相方の子が失格になって余った子がいるから、ちょっと連絡してみるね」

 お姉さんは無線らしきもので一言二言、話をする。

「うん。保健室にいるって。そっちに行ったら私と同じスタッフの、薄水うすみくんっていう男の人がいるから、彼に聞けばいいわ」


「その……ありがとな」

 その子は頭をかきながら言う。全然、と僕はひらひらと手を振った。

「それよりも、さっきひどいこと言った子に謝った方がいいんじゃないか? 何なら僕が付いていってやろうか?」

「は? いらねーよ。それぐらい一人で出来るし!」


 そう言ってその子は廊下を駆けて行った。

 残された僕に、お姉さんはふと思い出したかのように尋ねた。


「君と一緒にいた子って、メガネをかけたチェックの服の子?」

「うん」

「あの子かな。さっき二人組の子に、良かったら組まないかってスカウトされている子がいたの」

「はい?」

「多分QRコードの交換中だったと思うんだよね。どうしようかなーって思ったけど、それに口を挟むのは、私の仕事の範囲外になっちゃうから……」


 ようやく僕は、さっき秀一が言いかけていたことの意味がわかった。

 二人組を組んだ後、僕が別の子にも声掛けしようとしていた時の秀一の気持ちを。

 そんなやつじゃないってわかっているけど、もし彼が僕のことを見捨てたらどうしようって不安になった。


 秀一と僕は友達かって言われると、まだよくわからない。

 でも、もし秀一が、そのスカウトしたという子と組んだら、すごく嫌だ。

 僕はお姉さんに尋ねた。


「もしかしてお姉さんのタブレット、それぞれ僕らの居場所がわかるようになってる?」

「そうね。簡易式のGPSがアプリに内蔵されているの」

「じゃあ、秀一の場所も?」

「おっと、ゲーム内に関しては教えてあげるわけにはいかない」

「お願い、お姉さん!」

 僕は強すぎない力でお姉さんの腕を引いた。


「僕はあいつとクリアしたいんだ!」


 お姉さんの髪がさらりと揺れた。

 きらきらとしたものを見る目で、僕をじっと見つめる。

 にっとお姉さんは笑った。

「しょうがない。君の一生懸命さに免じて……特別に教えてあげる、付いておいで」



 秀一は廊下を一人で歩いていた。

 周りに誰もいないことにほっとして、お姉さんに礼を言うと、僕は秀一に駆け寄った。

「秀一!」

「あ、友也くん。僕の方もお題クリアしたよ」

「さっきお姉さんから聞いたんだけど、組まないかって言われたって……」

「そんなの断ったよ。君と組んでいるんだから、当たり前じゃないか」


 良かったーと僕は息を吐いた。

 秀一は不思議そうな顔をする。

「どうしたの? 友也くんなら仲間が増えてラッキー、ぐらいに思うんじゃないかって考えていたんだけど」

「ああ、うーん、普段ならそう思うんだろうけど……」


 秀一の聡明そうな顔に、僕はどうやったら自分の思いが伝わるか考える。

 色んな人と喋ること、ってもしかしたら僕が思っている以上に、難しいことなのかもしれない。

「やっぱり不安だったんだと思う。君が行っちゃうんじゃないかって。ごめん、さっきの二人組を作る時、秀一もそう感じたんだろ?」

「べ、べつに……僕は、一人は慣れているから」

「もう一人じゃないよ」

 僕はそう言った。


「僕はそんなに頭も良くないんだけど、誰かに教えてもらうと知らないことがわかって、楽しく思えるんだよね。秀一の知識や勉強と一緒だ」

 言いたいことはまとまらないけど、僕は一生懸命言葉を並べる。


「それでさ、お前が見る世界ってすごく面白いと思うんだ。だから、一緒にそんな景色を見たい。ちゃんと友達になって、僕の知らないことを、たくさん教えて!」


 こんなふうにふざけずに、自分の気持ちをぶつけたのって初めてだと思う。

 言ってしまってから、やっぱり恥ずかしかったな、という気持ちになったが、口にしたものはもう引っ込められない。

 こういう時は、堂々としていた方が勝ちだ!


「『また成績一位だって』とか『頭良いやつって違うよなー』とかは言われ慣れているけど……」

 秀一は小さく呟いた。そして顔を上げると、僕に向かって照れくさそうに笑った。

「そんなふうに言ってきたのは、君が初めてだよ」



 その後、僕たちは息を合わせて、教室の端と端にある肖像画の写真を同じタイミングで撮る、というお題を音楽室でクリアした。

『パーフェクト、学校行事は全てクリア!』という文字が画面に浮かぶ。

「やったー!」

 僕たちは喜んだ。手を差し出したら、秀一は驚いた顔をして、それから戸惑いながらも手を伸ばしてハイタッチをしてくれた。


『おめでとう。昇降口に向かって。昇降口に来たら、「来た」と入力してね』

 昇降口には、既に他のチームの子が集まっていた。うーん、やっぱりもっと早くクリアした子がいたか。


 でも、なんか雰囲気が暗い。せっかくゴール近いのに。

 何やら浮かない顔をしている。誰か具合でも悪くなったんだろうか。

 とりあえず僕は「来た」と入力する。


『現実世界はもうすぐそこだ。僕に楽しい学園生活を送らせてくれてありがとう』

『でも、一つ残念なお知らせがある』


『僕の力ではペアのうち、一人しか出られないんだ。どちらが出るのか、話し合って決めてほしい』


 そんな非情な文章が、僕らの前に立ちはだかった。

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