第4話 フィボナッチ数列はフィボナッチさんが発見したわけではない

 理科室へと行くと、大小様々な大きさの試験管が五つ並んでいた。

「何だろう?」


それぞれの試験管に『頭が良くなる薬』『歌が上手くなる薬』『運動神経が良くなる薬』『背が高くなる薬』『友達が出来る薬』と記載されている。


「テストで百点をとれる薬を選ぼう」と正面の黒板に書かれていた。

一つ一つの試験管の正面には、QRコードが印刷された紙が積まれていた。


「このお題をクリアするには、頭が良くなる薬を選べばいいんだろうね。でも頭が良くなるって基準は曖昧だ。人間の脳は右脳と左脳の働きが違う。左脳は計算、文章を書く、とか論理的な働きに優れていて、右脳は絵を描いたり芸術面の働きをしてくれる。細かくいえばもっと複雑だけど」


 こいつすげー楽しそうだな。めっちゃ喋るじゃないか。

 秀一の意外な一面を知ることが出来た。これだけでも今日は一緒に来て良かった。

 確かに僕の父さんも頭が良いやつは色んな人と喋れる、とか言っていたな。そういう意味では僕は頭が良いのかもしれない。


「聞いてる? 友也くん」

 秀一は『頭が良くなる薬』の前にある紙を取った。

「うん、聞いてる聞いてる」

 うんうん、と僕は頷く。


 というわけで、僕は父さんの話を思い出しながら、『頭が良くなる薬』ともう一つ『友達が出来る薬』の紙もこっそり一枚もらった。

 自分で勉強するだけじゃなくて、賢いやつと友達になって教えてもらう方法もあるからね。というか、僕はこっち派だ。


「じゃあ、このQRコードをカメラで撮るよ」

 すると、そこには新たなお題が並んだ。

『頭がよくなる薬を飲んだ君は、学力テストに臨むことになった。好きな問題を選んでくれ。

 初級者編、中級者編、上級者編。問題が難しくなるほど、クリアする問題数は少なくて済むよ』

 先程の幽霊の問題で僕は時間ロスをしている。

 ここは一か八か、秀一の頭脳に賭けてみようじゃないか。

 僕はそう言うと、わかったと秀一は上級者編を押した。


 結論から言うと、やはり秀一はすごかった。

 テレビのクイズ王者決定戦みたいな問題を、彼は次々と解いてみせたのだ。


 最初に「0、1、1、2、3…」の数列が出てきた時点で、フィボナッチ数列だね、と一瞬で見抜いた時に彼への信頼度は爆上がりしてしまった。

 ちなみに僕がフィボナッチって何か尋ねたら、前の数字を足していくことや自然界の法則なども教えてくれた。よくわからないがすごい。


 他に歴史の問題、理科の問題などあっという間に解いてしまった。

「すごい! 何でクリアできるの?」

「だてに毎日勉強してないよ。僕はね、遊ぶよりも勉強しているのは、単に親に言われているからじゃない。勉強したら、何でもないことが面白く見えるのが好きなんだ。古い建物一つも、歴史や建築について勉強したら、全然違って見えるんだよ」

「へええ」


 僕が尊敬の眼差しで秀一を崇めていたら、突然近くにいた子が声をあげた。

「よっしゃ! 百メートル走のリズムゲーム、一発クリア!」

「私も音階問題、全部正解したわ!」

 え? 僕は目を白黒させた。

 問題の内容全然違うことないか?


 僕らは再び試験管へと視線をやる。

「あ! そういうことか!」

 秀一は悔し気に呟いた。

「テストで百点って、何も頭が良くなるだけじゃないんだ。音楽も体育のテストだって、満点をとることは可能なんだ」

「な、なるほど」

 秀一がいて良かった。でないともっと時間をロスするところだった。



「『運動会の準備中、先生にAEDを探すように依頼された。AEDを探そう』だって。ところで、AEDって何?」

 次のお題に僕は首を傾げた。

「自動体外式除細動器のことだよ。心臓発作を起こした人に、電気ショックを流すんだ。救急車が来るまでに間に合わないぐらい急を要する時、それでその人の命を助けるんだ。誰でも使えるんだよ」

「へえー。僕でも?」

「そうだよ」

「え! 本当に? 冗談で言ったのに」


「冗談で、じゃないよ。君も街中で倒れている人がいたら、咄嗟に思いつかないと。都内のマラソン大会で突然倒れた人がいて、これで一命を取り留めた例もあるんだから」

「あ、だから運動会でも準備をしておけ、ということか」


 もし道端で誰か倒れている人を発見したら、と僕は想像してみた。

 今日は持っているけれど、普段遊ぶ時は携帯も持ってないし、救急車も呼べない。呼んでもいいのかわからないし、やっぱり大人がいないと怖い。

 もし周りに本当に僕しかいない時、どうしたらいいんだろう。


「僕はまず……人を呼ぶかな」

 秀一はそうだね、と頷いた。

「人が集まったら、それぞれ119に連絡して救急車を呼んだり、AEDを持ってきたり、役割分担出来たらいいんだろうけどね」

 僕らはアプリの地図を開いた。


「どこにあるんだろう。場所のヒントとかあった?」

「ないね。地図にも乗ってない。でも心当たりはあるよ。こういう物は、置いてある場所が決まっているから」

「やっぱり保健室かな」

「その可能性もあるけど、僕らの学校は職員室に置いてあるんだよ」

「へえ、よく知ってるなあ」


「前に職員室に行った時に見かけたんだ。先生に質問したいことがあって」

「質問⁉ 何の?」

「え、普通に勉強のことだけど……。宇宙科学についての本でわからないところがあって」

「宇宙科学……」

 宇宙科学なんて、確かそんな名前の博物館で、僕は同じ班のやつらとひたすら雲を作るボタンを押しまくり、雲を大量発生させるというふざけていた記憶しかない。


 ところで。僕は何となくこの脱出ゲームに対して、不思議な感覚を抱いていた。

 既視感といえばいいのだろうか。初めてなのに、初めてじゃないような感覚。

「どうしたんだい」

 職員室へ行く途中、僕の表情を不思議に思ったのだろう。秀一が尋ねてきた。

「いや、なんかこのゲーム……昔に遊んだのと似ていて」

「脱出ゲーム?」

「ううん。脱出ゲームじゃないんだけど、現実とリンクしてる感じが……」


 何だっけ。確か父さんの田舎に行った時、宇宙人に追われるのを想定した遊びをしたんだ。

 水飲み場の水は貴重な水源、駄菓子屋は食料調達の場所。百円をもらっていかに効率的にお菓子を買えるか考えた。

 そんなことをしながら僕は一日父さんから逃げ回った。

 父さんは足が速いから本気を出せば、すぐに追いつかれる。

 だから僕は父さんの好きなお菓子で罠を張ったり、母さんに協力を依頼したり、とても楽しかった。


 僕がそのことを話すと、秀一は「君のお父さんは面白い人なんだね」と言った。

 それ、さっきの面白い鉄板話の時に言ってほしかったな。


 僕たちは職員室と書かれた札のある部屋に入った。

 教室の何倍も広い部屋で、古い机がいくつか置かれている。

「あった!」


 わかりやすく「AED」と書かれていた。

 なるほど、これならAEDが何か初めて見た人でもわかる。しかもオレンジ色。目立ちまくりだ。


『救助』と入力しよう、と書かれていたので、その通りに入力した。

 成功だ。指示された通りパンフレットを一枚とって、僕らは次のところへと向かった。

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