第2話 カメは大きくなってもガメラにはならない
脱出ゲームは隣町で行われる。
僕たちは自転車で向かった。母さんに言ったら、携帯電話を持っていくように言われた。
携帯電話といっても子供用のものだ。父さんと話す時しか使っていないけど。
父さんは何かと忙しく、出張や海外渡航も多いんだ。
「ねえ、お母さんに何て言って出てきたの?」
「……同じ塾の人と、塾の空き教室で勉強するって。僕の塾、開催場所の近くなんだ」
「そうなんだ! 塾の同じクラスのやつがいるかもな」
「そんなに遊びに行く人いないと思うけど……」
ちなみに僕の母さんは、遊びに行く内容が脱出ゲームだと伝えたら、「良いなあ、私も行きたい!」って言っていたから、友也の母さんとは相容れないんだろうな。
廃墟となった学校、と記載されていたけど、思ったよりも綺麗だな、というのが校舎の第一印象だった。元は中学校かな。
運動場に遊具はなく、だだっ広い砂地が広がっている。
周囲のフェンスは蔦が絡んで覆われていて、ぱっと見、外から中の様子はわからない。
駐輪場に自転車を置いて、僕たちはでかい矢印が張ってあるのを目印に、敷地内を歩いた。
「……でさ、父さんは、カメは大きくなったらガメラになるぞって言ったんだ。いや、なるわけないじゃん」
「そうだね」
「それでもこりずに、ベートーベンは弁当ばっかり食べてたからベートーベンっていう名前になったんだ、って僕に吹き込んだんだ」
「ベートーベンは日本語じゃないからね」
黙って歩くのも気まずいから、適当に面白い鉄板話をしたんだけど、秀一の前だと見事に滑りまくった。おかしい、普段もっとウケるんだけどな。
そうこうしているうちに、僕たちは昇降口を通り、体育館にやって来た。
僕らの学校は体育館と校舎が渡り廊下で繋がっているんだけど、ここは校舎内二階の一部が体育館になっているようだ。これなら雨の日でも濡れないね、いいな。
体育館の入り口には、机が一台と、二十歳ぐらいの女の人が一人いた。
長い髪に、保健室の先生が着るような白衣を羽織っている。
「お、来た来た。脱出ゲーム参加者かな?」
頷くと、お姉さんは僕たちにスマホを渡した。そしてその中に入っている『脱出ゲーム』というタイトルのアプリを、作動させるよう伝えた。
言われた通りタップすると、画面に晴れた空や、校舎とかの日常風景のイラストが映った。
『君たちはいつもの日常を送っていた。学校に行ったり、友達と遊んだり、そんな何気ない日々を過ごしていた。けれど──』
画面が突然暗転する。
そして女の人のイラストが画面に現れた。鎌を持っていて、死神っぽい立ち絵だ。どことなく、このお姉さんに似ている。
『あなたのお名前を教えて』
すると四角い枠が出現する。
「はい、じゃあそこに名前を入力してね」
現実の方のお姉さんに言われ、僕は本名と年齢を入力した。そして送信、とボタンを押す。
すると画面の女の人は鎌を振り上げる仕草をした。
と、同時に現実のお姉さんの持っていた液晶タブレットがピロリン、と音を立てて鳴った。
すると突然お姉さんは笑い出した。
「ふふふ、引っかかったわね! 君たちの名前は登録させてもらった。つまり、この世界に魂を囚われてしまったということだ。ここから先は人間の世界じゃない。さあ、スマホを持って向こうに行って」
僕たちは追い立てられるように、体育館の中に入った。
見ると画面の女の人の吹き出しからも、さっきのお姉さんが言った内容と似たような言葉が並んでいた。
「あの人、演技あんまり上手くなかったね」
「うん。僕もそう思うよ」
僕たちはこそこそと話しながら、他の子たちがいる所に向かった。
体育館内は、廃校の校舎にふさわしく、不気味なBGMが流れている。
そこに二十~三十人ぐらいの僕たちと年齢の近い子たちが集まっていた。
隣町だからか、ほとんどが僕の知らない子だったが、秀一はやはり塾の知り合いがいたらしい。知り合いといっても学校での様子を見るに、ほとんど喋らないんだろうな。
その後も何人か同い年ぐらいの子が追加でやって来ていた。
集合時間の一時になると、さっきの入り口にいたお姉さんがやって来て、ステージに乗ると(これもぼろくて乗ると軋んだ音がした)口を開いた。
「はい、ちゅうもーく! ここは、幽霊だけが集う学校。今君たちは魂だけの存在で、本当の体は向こうの世界で心臓を止めてしまっている。君たちはこの廃校した校舎から出なければ、元の世界に帰れないんだ!」
ああ、そういう設定なんだなあという空気が流れる。
「最初に言っておくけど、スマホ画面を見る時は必ず立ち止まってね。怪我のもとだから。そしてズルをしようとしたり、誰かに害を与えたりするようなことがあれば、その人は脱出手段を無くし、こちらの世界に魂は囚われ続けてしまうの」
「幽霊なのに、怪我ってするの?」
僕が聞いたら、「そういうのは、広い心で受け止めてほしいなー」とお姉さんに返されてしまった。
「うん、でも世界観的にその通りだよね。勉強になった。言ってくれてありがと」
おお、このお姉さん良い人だ。
「あとあと、一つごめんなさい! チラシに何でもほしいものをプレゼントって書いてあったけど、予算の関係で上限金額が先着順になります!」
えええ~!と声があがった。そりゃそうだ。
じゃあ早くクリアした方が得じゃないか!
「さて、こんなもんかな。もし途中で気分が悪くなったりしたら、私か同じ白衣を着た人が校内にいるから、声をかけてね。もしくは緊急ボタンがアプリ内にあるから、それを押して。じゃあ、ゲームスタート!」
お姉さんは高らかに宣言した。
待って、いきなり何をすればいいんだ? そう思った瞬間にスマホの通知が鳴った。
そこには今お姉さんが話した世界観の説明が、簡潔な文章で現れる。
そして次に、キャラクターのイラストが表示された。
髪の毛は短く、小柄な体つきで、男の子にも女の子にも見える中性的な子だった。
『君の名前を教えてくれる?』
僕は「友也」を打ち込んだ。
『友也くんだね、よろしく』
僕らはこの幽霊の世界の学校に迷い込んでしまった。そしてそこで出会った幽霊の男の子(女の子?)を助けるという設定だった。
その子は病気で、学校生活をほとんど楽しむことなく死んでしまった。
その未練で今もこの学校に、魂を残してしまっている。だから僕らは、この子と学校生活を一緒に楽しんで、もとの世界に戻るんだ。
『まずは手始めに、誰か近くにいる人とペアを作ってほしい。それが最初のお題だ。ここから先は、そのペアの子と行動してね』
僕は咄嗟に秀一の腕を掴んだ。
彼も僕より早く読み終わっていたようだ。無言で頷く。
そして出て来た入力用の枠に、お互いの名前を入力した。
他の子たちもざわざわしながら、近くの子と二人組を作っている。
「一人余るな……」
ぼそりと秀一は呟いた。
「え」
「ここに集まっているのは二十七人。二人組を作ると絶対に誰か余るんだよ」
「ありゃ」
続々と二人組が出来ていたが、明らかに残った子がいた。
僕と同じか少し下ぐらいの男の子が、何人かに声をかけていたが、断られている。
「ねえ、入れてくれないかな」
「はあ? ダメだよ。もう俺組んでるもん」
大柄な男の子が突っぱねた。
「それにお前みたいなやつ、一緒に組んだところで、足手まといになるだけだろ。塾のクラスでこの間最下位だったの、知ってるんだよ」
言われた子は真っ赤になった。今にも泣きそうに表情を歪める。
「おい、そんな言い方ないだろ!」
僕は思わず口を出してしまっていた。
「友也くん」
こっそり、けれど慌てたように秀一が腕を引いた。
「彼、敵に回すと面倒だよ」
秀一が忠告してくれるが、僕も引く気はない。
「何だよ、お前。知り合いならお前が組んでやれよ」
大柄な子は僕にそう言い返してきた。
そりゃこの子とは知り合いじゃないけどさ。
「わかったよ、こっちは三人で組みましたって言ってやるよ」
そもそも一人溢れるような設定にした方が良くない。見ると、友達枠の追加欄があった。
僕がこっちおいでよ、と言おうとした時、大柄な男の子のスマホの通知が鳴った。
「ん? 何だ?」
その子が画面に触れると、そこそこ大きい音量で男の人の声が響いた。
『君たちの発言は、端末を通してこちらに筒抜けだ。人を貶める発言をした者はここでゲームオーバーだ。アプリは終了させてもらうよ』
「あ! おい!」
指で画面をがむしゃらにタップするが、全て無駄のようで、その子のアプリが自動終了してしまった。
なるほど、お姉さんが言っていたのはこういうことか。
「ちぇっ、もういいよ。帰るよ。出口そこだろ?」
大柄な子は体育館から出ようとしたが。
「無理よ。校舎内、全部鍵がかかっているから。唯一の解錠出来る扉は、ゲームをクリアしないと開けられない。そういう決まりなの」
お姉さんはさらりと答えた。
「最初に言ったじゃない。君たちの魂はこの世界に囚われたって。ゲームオーバーになった子は、ゲーム終了まで出られません。でないと意味ないでしょ」
さっきまでの優しそうな笑みとは違う、怖い笑い方をしていた。
「このゲームは何時間かかるかわからない。あなたに出来ることは、他の人がクリア出来るのを祈ることね。ずるい子たちばかりだったら、全員失格になり永遠にここから出られなくなっちゃうかもしれないから」
……さすがに本当に、永遠に出さないことはないと思うんだけど、今回はあの子が悪いというのは誰の目から見ても明らかだ。
だからお姉さんも扉を解錠する気はさらさらないようだった。
結局一人余っていた子は、ゲームオーバーになった子のペアだった子と組むことになり、無事に全員二人組は出来た。
でもこれ、本当に一人余る仕組みだったら、その子はどうなっていたんだろう……。
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