バイアス×脱出ゲーム
@murasaki-yoka
第1話 何かをお願いする時は一回ハードルを上げてからの方が次のお願いが通りやすい
ある日、家の郵便ポストに一枚のチラシが入っていた。
それにはこんな文字がゴシック体で大きく書かれていた。
『廃墟の学校を舞台にリアル脱出ゲームをしよう!
(クリアできた子には、何でもほしいものをプレゼント!)』
「え? 脱出ゲーム?」
僕はわくわくした。
日付は来週の日曜日。場所は隣町。少し遠いけど、自転車で行けない場所ではない。
脱出ゲームといえば、テレビ番組で時々紹介されているのを見たことがある。
面白そうだといつも思っていたけど、いかんせん参加にお金がかかる。僕たち小学生のお小遣いでは到底手が出せない値段だ。
でもこれは参加が無料らしい。そして何よりも、クリア出来たら『何でも好きなものをプレゼント』は魅力的だった。
端の方に「一人でも、お友達を誘って参加してもOK!」と書かれている。
どうせ参加するのなら、誰か誘うのも楽しいかもしれない。
僕の頭の中に、普段一緒に遊んでいるやつらの顔が浮かんだ。
でも、脱出ゲームって結構クリアするのが難しい、と聞いたことがある。
どうせなら頭の良い奴を誘いたいな。そう思った時に浮かんできたのが、同じクラスメイトの秀一の存在だった。
高峰秀一。
休み時間もいつも勉強ばかりしていて、僕たちと遊んだことは一度もない。
担任の先生から、また高峰くんとも仲良くしてあげて、と直々に頼まれていた。
先生は多分、友達が多いからという理由で僕に頼んだのだろう。
前に、ドッジボールの人数を合わせる関係で、秀一を誘ったことがある。
けれど、秀一は本を読みたいから、と言って僕の誘いを断った。
でもあいつ、頭はすごく良いらしい。なんでも医者を目指しているんだとか(作文の発表の時にそう言っていた)。
よし、一回誘ってみよう。
僕も頭の良いやつを連れていけるし、先生の頼みもちゃんと果たしたことになる。
あいつも、何でもほしいものをプレゼント、ということなら気になるだろう。
そういうわけで、僕は翌日、秀一に声をかけた。
「無理だよ、休みの日は勉強をするように言われているんだ」
返ってきたのはそんな答えだった。
朝休みに図書室にいた秀一を見つけて、声をかけてみたのだけど。
「ええ! だって秀一、いっつも勉強してるじゃないか」
秀一は読んでいた本を横に置いた。普段から眼鏡をかけていて、チェックの襟付きの服を着ていることが多いから、余計に真面目な印象になる。
「あのね、他の人が勉強してない時に勉強するから、成績が良くなるんだよ。そうお母さんも言っているんだ」
「ええー、その理由はなー。秀一がどうしても参加したくないってわけじゃないんだろ? 面白そうじゃん、脱出ゲーム。本当はちょっと興味あるんだろ」
ぴく、と秀一の肩が震えた。お、この反応は図星かな。
「せっかくだし、秀一とやりたいなーって思ったんだ。だって秀一って頭良いし、絶対楽しくなるって思ったんだよね」
秀一は手をそわそわとさせている。
よし、これはいける。僕はたたみかける。
「しかも何でもほしいものをプレゼントなんだって。僕はゲーム機がいいかな。秀一は何かほしいものないの?」
「……無理だよ」
「え?」
「僕がほしいのは、絶対に手に入らない」
うつむいた秀一は立ち上がって、そのまま図書室を出て行ってしまった。
まずい、今何か僕言ったか?
けれど台詞を思い返してみたけど、変なことは言ってないと思う。
「なんだよ、あいつ」
僕は膨れて、秀一が出て行った図書室の扉を睨んだ。
あーあ、これなら秀一なんて探さず、他の友達と遊べばよかった。
◇ ◇ ◇
「友也くん」
授業が終わった帰り道。
一緒に帰っていた他の友達と別れて、あと少しで家に着くだろうというタイミングで、僕は秀一に声をかけられた。
秀一は家が別の方向なので、普段ここで会うことは絶対にない。
それなのにここで声をかけられたということは……。
「僕を付けてきたの?」
「君が一人になるタイミングがなくて……」
気まずそうに話す秀一。そして僕に向かって尋ねた。
「あのさ、何で僕を誘ったの? 友也くんは他にたくさん友達がいるのに。なのに僕が断った後も、他の誰も誘わなかったよね」
「えーっと……」
秀一を誘うことしか頭になかったから、他の友達を誘うのをすっかり忘れていたというかなんというか……。
「秀一と一回一緒に遊んでみたかった、ていうのじゃダメかな? そりゃ、頭の良いやつと行けば、クリア出来るだろうなーとは思ってたけど」
秀一は何回か瞬きをする。そして。
「……かった」
「ん?」
「わかった。そんなに期待されているなら、僕でよければ行ってもいいよ。その代わり、お母さんを上手く言いくるめるから、ばれたら一緒に謝ってよ」
「本当⁉ やった!」
僕はガッツポーズして喜んだ。一回断られていたからか、なんだか予想以上に嬉しかった。
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