第96話 ハイジがここに居る理由(ワケ)
お茶会には、王家と王城に住まう一部の王族、彼らの親しくしている一部の貴族しか出席しておらず、内輪のお茶会というのは嘘ではなかった。
シュテファン様はイレギュラーだけど、テレーゼ様は私と行動を共にしているし、王国より古くからのお家柄で先代王妹の玄孫でもあるので、出席するのは想定されていたそうで、ちゃんと席は用意されていた。
「そう言えば、アーデルハイト殿下は、なぜこちらに?」
私も訊きたかった事を、テレーゼ様が訊ねた。
特に秘密でもなかったようで、素直に答えてくれるハイジ。
「殿下は、やめて? アンジュの友人で親戚なんでしょう? わたくしとも仲よくしてくださるのよね? 敬称は要らないわ。それに、うち(ハインスベルク公爵家)よりも古い血統貴族で、帝都でも重用されているお家でしょう。あなたが私を敬称で呼ぶなら、私も年上で目上のあなたに対して、敬称と言葉遣いを改めなくちゃならなくなるわ」
「そうですわね。公式な場でなければ、お友達として自然にしていきましょう」
そうだった。テレーゼ様も、この国が一氏族の長としての自治区から帝国内連邦小国になる前から続く、帝都政府でも発言力のある大家のご令嬢。ハイジとは同等に近いのだわ。
パトリツィア殿下も頷いて、王宮の侍女が取り分けたケーキをつつく。
『帝国のケーキはどっしり食べ応えがあるの』
『冬は厳しいし、体力を使うので、糖分もエネルギーも摂れるものが好まれるのかもしれませんわ』
『わたくしは、ふわふわで食べでがないものよりこちらがよいが、おフランスの貴婦人なんかだと、これひとつで腹いっぱいになって、苦しそうになるやも』
フランスの貴婦人は、コルセットでこれでもかってくらい腰を絞るから。あれ、貧血になりやすいと思うし(よく卒倒するみたい)、内臓にもよくないと思うわ。
『わたくしはトリシャのお伴よ。小規模なグランドツアー中。トリシャのご両親はトリシャに甘くて、そのくせ心配性で過保護なの。だから、彼女の希望を叶えて、グランドツアーに出してあげるけれど一部の友好国だけ。だから、帝国内ライン川西岸部と、後は、
『わたくしは、恥ずかしいし目立つから護衛は最少人数でよいといったのだが、両親に聞き入れてもらえなんだのじゃ』
目の下と耳を赤く染めて小声で言うパトリツィア殿下は、とても可愛らしかった。
『わたくしが同い年で、騎士公国の公女としてわたくし自身も剣が扱えて、語学も不自由しないから、お目付役のようなもので、トリシャのご両親に泣きつかれたから同行しているの』
肩をすくめてウインクをするハイジは、とてもチャーミングだ。
ハイジは剣を扱えるのね。騎士公国の女性はみんなそうなのかしら⋯⋯?
『先進的な文化や芸術を肌で感じて学べるから嬉しいが、文化の違う周辺諸国も観なくて、なんの勉強か。なぜ彼らが幾度もこの地を欲しがり攻め入るのか、なぜ対立するのか、が解らないではないか。敵を知ることも、国を守ることであろうに』
『それは、国を守り経済をまわし民を守るのは男のやることだから、という考えではないでしょうか』
それまで女子の会話に口を挟まなかったお兄さまが、手元のケーキに目を留めたまま発言する。
『国にいて、外交や貿易をしたり親善を深める事も大事な事で、そのためには相手国の事を知らなければなりませんが、それは家長や嫡男など男の役目と』
『お兄さまはお祖父さまに領地を守る教育をされたからそうお思いかもしれませんけど、騎士などの軍人や宮廷要職者を多く輩出する家では、領地を守るのは、執事と連携した家長夫人ですわ』
『女子が多くの語学と算術を学ぶのはそのためでしょう』
『軍籍の男子が多い家では、直系男子を全て亡くして断絶したり、長女が傍系から婿を迎えて存続させることもありますし、諸国を学ぶことは無駄ではありませんわ』
テレーゼ様やハイジに言い負かされてお兄さまはタジタジである。
『す、すみません、浅慮でした。そ、そう言えば、アーデルハイト殿下は、パトリツィア殿下のご両親に頼まれたと仰いましたが、どのようなご縁⋯⋯』
「お兄さま。黙ってケーキを食べていた方がよくてよ
もう一度、歴史を学び直されてはどうかしら。わたくしでも解りますわ」
ちょっとだけ、お嬢様風に言って、一度切ってから、小声でお兄さまにだけ聴こえるようにお教えする。
「一度直系が途絶えたハインスベルク伯爵家の最後の領主、マリア・フォン・ルーン=ハインズベルクとヨハン・ナッサウ・ディレンブルク夫妻は、オラニエ公国の初代大公ウィリアム一世の曾祖父母。
ハインスベルクもオラニエも、直系が途絶えた時に、フランスやスペインに領地を盗られないよう、帝国からナッサウ家を筆頭に多くの貴族が後を守ってきたのだから、祖先を同じくする遠い親戚のようなものなのよ」
「お、おう。すまん。言われたら、そうだったような⋯⋯思い出したよ」
肩を小さくするお兄さまを見て、パトリツィア殿下がクスリと笑った。
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