第95話 心の友  


 7歳のクリスも、男の子なのに、私がクライナーエンゲル(本作中の子供服ブランド名・小さなのドレ天使の意) スを着ているのが恥ずかしくなるくらいの、天使のような美少年だったけれど、16歳になったハイジは、輝くような美しさだった。


「ごめんなさい。わたくし、社交デビューするまでお茶会や舞踏会に参加したことなくて。捜してくれたのね?」

「当たり前でしょう? 私にとっても、初めてのお友達だったのよ!? まわりにいるのは、乳母や侍女の子供達か、お父さまの配下の騎士の子供達ばかり。みんな、私を通して、お父さまの顔色を見る母親の影響を受けた子ばかりなの!」


 そうでしょうね⋯⋯ 公国の国主の娘に滅多なことは出来ないし、機嫌を損ねるわけにもいかないと教えられて育つでしょうから。


「後は、お兄さま狙いね。それと、そこのステフ。時々うちへ来てくださるから、気にしてる子も少なくないの。従兄としては自慢だけど、⋯⋯夫にはしたくないわ」


 あら。そんな事、人前で言っていいのかしら。


「アーデルハイト。従兄妹でも婚姻は可能なんだけど、どこがいけないのかな?」

「そういうところよ。私達の会話に態々わざわざ介入してこないで」


 随分強気で言うのね。やはり従兄妹同士という気安さなのかしら。

 シュテファン様は肩を竦めただけで、さして気分を害した風もなく、テレーゼ様の椅子を引いた後はシーグフリート殿下の傍の貴賓席に戻っていく。


「アンジュ様。随分と感動的な再会のようですけれど、紹介していただいても?」


 私の隣の席を与えられたテレーゼ様が、私達に優しく微笑みかける。


「あ、気がつかなくてごめんなさい。ハイジ、こちらは、エーデルハウプトシュタット公爵領主ヴァルデマール家のテレーゼ様。わたくしの曾祖母とテレーゼ様の曾祖母が姉妹なので、最近親しくしていただいてるの。わたくしのひとつ年上だけど、とてもしっかりなさって頼りになるし尊敬できる方なのよ。

 テレーゼ様、紹介が遅れました。わたくしの婚約者クリストファー様の妹御で、わたくしの心の友と誓い合った最初の友人アーデルハイト嬢ですわ」


 二人を向かい合わせ、肩に手を添えて紹介する。


「アンジュが信用して側に置くのなら、とてもいい方なのね。わたくしも先ほどの言葉通り友人は少ないの。わたくしとも親しくしていただけると嬉しいわ」

「わたくしも少し前まで、王家主催の正式な行事でなければ領地を出してもらえなかったので、友人は少ないの。こちらこそ、願ってもない光栄なお申し出、よろしくお願い致しますわ。アーデルハイト公女殿下」


「あのね、テレーゼ様は、嫌な夢を見て眠れない時一緒に寝てくださったり、キルティングや刺繍がとてもお上手で、色々とコツなんかを教えてくださったの」

「そう。いいわね。⋯⋯でも、わたくしだって傍にいれば、いつだって手助けするわ! ねぇ? アンジュ?」


 互いにカーテシーで挨拶し合う姿を微笑ましく見ていると、ハイジがくるりとこちらを向き、私の両頰を、その柔らかな白い両手で挟み、顔を自分の方に向かせる。


「互いに名乗らずに別れて、あなたは深窓の令嬢として育って会うことはなかったかもしれないけれど! お兄さまと婚姻契約を結ぶことになった時に気がついたでしょう? どうして、手紙のひとつも寄越さないの」

「十年も経って、一度も会わなかったから。私のこと、忘れてるかもとか、心の友だと思っているのは私だけなのかもとか、色々考えてしまって⋯⋯」

「⋯⋯そう。同じね。私も、あなたしか友人と呼べる人は居なかったから、みんな『顔見知りのご令嬢』程度の付き合いだから、お兄さまの婚約者だと知っても、拒絶されるのが怖くて、私も、手紙ひとつ出さなかったのは同じよ。ごめんなさい」

「ううん。怖かったのに、勇気を出して、こうして話しかけてくれたでしょう? ありがとう。とても嬉しい」


 泣きそうになって、ハイジに抱きついてしまう。ハイジは、嫌がったり驚いたりせず、抱き返してくれた。


『美しき友情というやつじゃな。よきよき。わたくしにも友人が欲しいぞぇ。アンジュと言ったか。通辞(通訳)としてではなく、わたくしも友人として扱ってくれるか?』


 扇で口元を隠しながら、パトリツィア公女殿下が笑顔で、隣の貴賓席から席を移って来る。

 ネーデルラント連合王国の、リンブルフ公国のオラニエ=ナッサウ家息女パトリツィア殿下が、元子爵令嬢で今は平民の私と友達!? ありえない!! 身分の垣根を飛び越えすぎよ!


「畏れ多い事です、殿下」

『構わぬ。アーデルハイトの友人なら、わたくしとも友人として仲良う出来るはずじゃろう? 忖度して顔色を覗うようなのは、友人とは言わぬ。アーデルハイトのように、対等にものを言ってくれる友人が、わたくしも欲しい』


 ──ああ、この人も、まわりは笑みを浮かべた他人ばかりなんだ


 平民の私の方が、人間関係は平和で温かいものなのだと思い至る。

 パン屋の女将さんとご主人、隣の花屋のおばさんと長男夫婦と妹さん達。母の実家の伯爵家を保証人に立てても私自身は平民で、元下位貴族の何も持たない小娘なんか、最初は扱いづらかっただろうに。

 向かいのお茶屋さんにはいいハーブティーのブレンドを教えてもらったり安眠効果のあるお茶を処方してもらったり、凄くお世話になった。

 そういった温かなふれあいは、高位貴族や王族には中々望めないものなのか。


『エーデルハウプトシュタットの姫も、わたくしとも仲よくしてくれるか?』

『殿下、友達というのは、なってくれるかと訊いたり友となれと押しつけたりするものではありませんわ。付き合っていく内にご自身が友だと思ったら、その時から友人でしてよ』

『そうか。なら、そなた達はそれぞれが友達で、友達の友はわたくしの友人じゃな。フランク語もリンブルフ・ベルク語も話せるようじゃし。さっそく、今夜やってみたいことがあるのじゃが、予定がなければ、つきうてくれるか?』

『内容にもよりますが、喜んで』


 私とハイジとテレーゼ様が、笑顔で頷き返すと、パトリツィア殿下は、花のような笑顔を見せた。


 今夜、やってみたいことってなんだろう?



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る