第80話 どちらが高貴?  


 何かあったの? 


 クリスは、少し体温高めで、ドキドキしているみたい。


「アンジュ、なんて格好をしているんだ」

「格好、ですか?」


 自室用のゆったりとしたハイウエストのワンピースに、ウールのカーディガンを羽織っているのが、おかしいの?


「そんな薄着で、人前に出るなんて! テオも、気がつけよ。透けるとまではいかなくても、こう、身体の形が判るって言うか、想像させるっていうか⋯⋯」

「あ、ああ、すまない。妹をそういう目で見たりしないから、気がつかなかった」

「妹だからこそ、兄が気をつけて守ってやらないとだろ? こんな、家族以外の人も出入りする場所なのに」

「書生が居るのは子供の頃から当たり前で、自分ちから繋がった場所だから、家の一部という意識が強くて、そこ他人の目は気にならなかったよ。以後、気をつける」

「⋯⋯ったく、貴族ってやつはこれだよ。使用人や他人に見られる事や世話されることに慣れて、人目が気にならなくなるんだからな」

「お前だって、貴族だろ」

「一応な。ハインスベルク領内の数いる騎士を纏める軍人家系の筆頭として、領邦主家公爵を名乗ってはいるけど実際のところは、帝国騎士のヤツらとそうは変わらないからな、うちは。家臣達もうちも、生活ぶりや内情は農地領主から武勲を立てて成り上がった東部の新興騎士リッターや、帝国騎Reichsritter士が軍人(ライヒスリッター)では食っていけなくなって荘園領主になったのと変わらないよ。

 そっちは昔からの、皇帝に奉じられたウラデル伝統血族の上級貴族じゃないか」

「よく言うよ。ネーデルラントやフランス、オーストリアの貴族籍も持ってる上にそれらの王族の血も入ってるホシャデルHochadel(高貴血族)のタイトル持ちの家系だろ。そっちのが、よほどいかにも王侯貴族だ」

「何の争いなんだか。ハインスベルク伯爵家は三~四百年くらい前に一度断絶してるし、うちよりよっぽど長く続く古い家系のくせに。直系男子の断絶をいいことに、あちこちが領主の席を取り合って、よそから来て占領したり近隣国の王族の娘が嫁いできたり、色んな家系の血が混じって今の状態で落ち着いたけど、この先どうなることやら。

 うちの家臣達は殆どが騎士で、文官も領邦小国を維持する最低限の官僚しかいないし、どこの家もみんな、いわゆるハイソサエティな生活はしてないよ」


 そ、そうなのね。騎士ってどこでも、そういう(ハイソサエティな生活をしていない)ものなのかしら?

 我が国では、修道会の騎士はさすがに慎ましやかにしているみたいだけど、王宮の近衛騎士の士官達は、公爵家や侯爵家の当主や子息で、鎧を着ていなければ、普通の貴族とそう変わらなかったけど。多少身体が大きいくらいで。


 お兄さまとクリスの言い合いは、どちらが自分の家門より貴族らしいかという、それぞれ立派な家門なだけに、比較するだけ不毛な話で、聴いてる方がどう止めようか困るわ。

 しかも、元官僚子爵の娘で現在は平民であり、何も持たない私なのに、お嬢さまとしてお兄さま側から意見しないといけないなんて。


「く、くだらないですわ。どちらがより貴族らしいかなんて、比べる事に何の意味もありませんわ。

 血筋はご自身の誇りにはなっても、誰かと優劣をあらそうものではないし、生まれは変えられませんわ。

 暮らしぶりが貴族らしいって、何ですの? 民とともに地に足のついた生活をしたからといって、貴族でなくなる訳でも、上流階級の真似事をすれば貴族らしくなる訳でもありませんでしょう?

 民を守り土地を守り、陛下に奉じられて国に仕える事を誇りに思えば、清貧な生活をしようとも、それは貴族でしょう?」


 序列はあるだろうし、爵位にみあう貴族もみあわない貴族もいるだろう。

 でも、それを競って何になるのか。


 鼻を天井に向けるような気持ちで、お嬢さまを演出しながら言ってみたけれど、そこじゃないような気がした。 


「と、申し訳ありません。主旨がズレてしまいましたわ」


「いや、こっちこそ、ごめん。頭冷えたよ。途中から、謎の引くに引けない感じになってた」

「いや、俺も同じだ。大人げなかった。アンジュ、クリス、ごめん。

 それと、やはり家の中でも、プライベートエリア以外では、ラフな格好は避けるべきだった。まして、アンジュは女の子なのに、考えが足らなかったよ。今後は気をつけるよ。俺も」

「申し訳ありません。わたくしが、寝る前に、少し本を読みたいなどとお兄さまに頼みましたから、こんな事に。令嬢としての身嗜みに、配慮が欠けてましたわ」

「⋯⋯まあ、俺が図書室って言ったからな、あの規模を普通は思わないだろ。父上の図書室の閲覧室程度だと思ったんだろ? すまなかった」


「今度はみんなして謝罪ですか? ふふふ

 お兄さま相手だと、クリストファー様は、年相応に話されますのね」

「国じゃ、同年代のやつ相手でも、主家の嫡男として、それらしい態度を取らなきゃならないし、部隊ではまわりはみんな年上のベテランばかりだからな。

 そこ行くと、テオは素で話しやすいから。⋯⋯俺にとって、上下関係とか利害とか、気にしないで話せる唯一の相手かも」

「お前、友達居ないのか⋯⋯」

「うるせー。十八の青年クリストファーより、騎士団公国の第一師団長エルラップネス子爵の方が優先されるんだよ」

「え? シュテファン様とは普通に話されてませんでした?」

「ああ、表向きはね。シュテファンも年の近い従弟だから、親しげにしてくれるけど、今後、シュテファンにとって俺がぼんくらだと思ったら、場合によっては切り捨てるかもな」

「そうなのか?」

「馬鹿と無能は嫌いだよ、シュテファンは。自分に出来ることは、他人にも求めるとこあるし。俺は、実科学校だけRealschule(レアルシューレ)は一応出たけど大学には通ってないし、グランドツアーも近場には同行したけど全部は付き合ってないし、騎士の訓練と、従騎士スクワイアの方を重視して来たから、中世の騎士よりはマシだけどアンジュにもテオにも比べられないほど学はないから。たまに、こんな事も知らないのか? って顔される」


 そうなのね。やはり、厳しい方なのだわ。


 親戚や友人としては付き合いづらくても、次期辺境伯様ともなれば、仕方のないことなのかも。


「ま、来年結婚したら、アンジュと一緒に大学通うのもいいよな。アンジュは経済や語学・文化学、俺は、士官学科でコースは違うけど」


 私はギムナジウムを中退したし、お嬢さまは学校に通われてないから、どちらにしてもアビトゥーアを取得してないから大学進学資格を持ってないけど。


 でも、そういうのもいいなと思った。思うだけなら自由だから。 




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アビトゥーア(Abitur)


ドイツの小学校はグルンドシューレ10歳のGrundschule四年生まで


基幹学校ハウプトシューレは5年Hauptschule間(15歳・日本の中学卒業、職業訓練学校に進学)

実科学校レアルシューレは6年Realschule間(16歳・日本の高校1年卒業、その後3年間高等専門学校に進学)


ギムナジウムは8年間(18歳で日本の高校卒業)

ギムナジウムGymnasium卒業直前、アビトゥーアを受験して、卒業資格と大学進学資格を得る


義務教育は15歳までだけど、18歳までは就職(職業訓練生)しながら職業訓練学校に通ベルーフスシューレBerufsschuleわなければならないらしい


ドイツは日本の新卒採用就職のようなものはなく、職業訓練生として2~3年学びながら働き、正式採用になるとか



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