第79話 本宅(マナーハウス)の図書室
町に出た埃を落とし、ジェイムスさんが見守る中、皆で晩餐の後、お兄さまに、図書室に案内してもらう。
ちなみに、お祖母さまは、誰の話にも反応せず、ただ黙々と食事を摂ると、お祖父さまが立つのを待ってすぐに退室して行かれる。
元々貴族という身分の家庭では、子供は当主と食卓を供にしない。
母親や伯叔母達と席に着き、実家の階位が高ければ女性家庭教師も同席してテーブルマナーを監督することもある。
私達は、成人しているシュテファン様と、来年成人(21歳)のテオドールお兄さま、この夏十八歳になるクリス、来年十八歳で行動責任能力が認められるアンジュリーネ(私)とひとつ年上のテレーゼ様の、5人ともが社交デビューを済ませた大人なので、同じテーブルに着く事を許されている。
お祖母さまは、食事中も退出時も、一度も私を見ることはなかった。
図書室とは言ったものの、実際には図書館に近かった。
母屋から扉ひとつで繋がっている、別棟の三階建てで、一階はサロンやカウンターバーなどがあり、寛ぎながら読書できるようになっている。
奥には個室の書斎や小さな円卓式の会議室もあり、蔵書を参考にしながらの書類仕事や、領民達の代表者を招いて話し合いをすることもあるのだとか。
二階は一般にも開放することもある本が所狭しと書棚に並べられ、三階は風土資料や修理中の古書などが収められているらしい。
ここが図書館のようだと思える点がもうひとつ。
それは、近くの大学の研究生などが、空き時間に司書として駐在し、書籍の修復や古書の研究などをしていること。
だから、母屋と繋がってはいるはずなのに、中に入ったときは別棟なのかと思った。
「哲学者でも医学生でも、農業研究家、考古学や数学者でも、文学や語学の研究家でも何でもいいんだ。博士の卵達は、未来のヒューゲルベルクを発展させる大切な子供達だからね、こうして、焚書や個人的なランドスケイプ家の事や国の極秘資料以外は開放しているんだよ」
今の国に纏まる前は、ヒューゲルベルク地方の氏族の長として、公爵家が王のようなものだったという。
国境付近の小国は大変である。
皇帝や大公家などの大貴族の相続争いなどの事情や異国との戦争で、領土を割譲されたり、所属する国そのものが変わったりする。
隣のハインスベルクは、ネーデルラント・フランス軍に占拠されたり、オーストリア公が駐屯地にしたり、過去に幾度かこの帝国の領邦小国でなくなった事がある。
その時は、このヒューゲルベルクが国境防衛線になるので、ご先祖はその時の功績で時の皇帝から公爵位をいただいたそうだ。
侯爵位は、この
高い税金を納めることで従軍の義務を免除されているランドスケイプ家の、嫡男であるお兄さまは、今後はどうなさるのだろう。
クリスのように少年期からの騎士訓練も殆ど受けておらず、進学されて、この領地でお祖父さまについて領主になる勉強をされているとのこと、お父さまのような宮廷人にはならないのだろか。
「アンジュ、そんなに食い入るように見なくても、誰も邪魔しないから、落ち着け?」
思考の海に沈んでいた私の事を、お兄さまは本が好きすぎて熱中しすぎだと思われたらしい。
「素晴らしい蔵書に、どれから読ませていただこうかしらと迷いますわ」
「好きなのを読んでいいよ。地元の学生も好きなのを読んでるし、お祖父さまも咎めたりしないよ」
苦笑しながら、ふかふかのソファに座られるお兄さま。邪魔しないから、好きに選べと言うことだろうか。
「ありがとうございます。歴史や考古学の研究資料が読んでみたいですわ」
古語や古典文学、神話や伝承伝記なとは、王都の図書室でも読めるけれど、学生が出入りする図書館の考古学や歴史などの研究資料は、ここでしか読めないだろうから。
王都の図書館は、なんとなく行く気になれなかった。
王城での秘密の書庫は楽しかったけれど。
驚いたことに、女性の学者もいて、男性と対等に討論し合っていた。
邪魔をしないように、そっと書棚を見せてもらう。
ヒューゲルベルクの歴史と、隣のハインスベルクの事を記されている、一般にも出版されているものと代々の領主が記した領地管理日誌のようなものを借りた。
一階のお兄さまの待つ閲覧室に戻ると、お兄さまと話していたクリスが立ち上がり、こちらへ大股気味に歩いてきて、おもむろに抱き締めて来た。
「クリス? ト、ファー様?」
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