第78話 ヒューゲルベルク


 シュテファン様を中心にカフェツァイト (10時のおやつ的な軽食) も摂りながらかなり話し込んで、昼食の時間を迎えてしまい、そのまま食堂へ移動して、ジェイムスさん監修のブリテン式ランチを摂る。


 息子を迎えに来たと言っていた公爵さまは、なぜかお供に着いて来たはずのシュテファン様は残し、ラースさんとギルベルトさんを供に、ハインスベルクへ戻られた。

 迎えに来た目的のはずのクリスも、残っている。


「まあ、なんだ、仲よさそうで安心したよ。子供服しか作らないクライナーエンゲルに、態々わざわざ婦人用ドレスを作らせて贈った甲斐があったな」

「それ、今バラす必要あるか?」

「ははは。もう少し、シュテファンに付き合ったら帰って来なさい。領民も忙しくなる時期だからな」


 騎士達も、春には羊の毛刈りを手伝ったり、夏の収穫期には小麦を刈ったり、冬口に麦踏みをしたり手伝うのだという。

 それは、各村の地方領主や領邦主である公爵家も一緒になってやるのだとか。


「わかってるよ」

「⋯⋯アンジュ嬢を掠って来るなよ?」

「⋯⋯わかってる。連れて帰りたいと言っただけだ。本当にやるのとは別だろ」


 また、愉快そうに笑いながら、公爵さまは颯爽と馬を駆って帰って行かれた。


「一緒に帰らなくて良かったのですか?」

「⋯⋯シュテファンだけを置いていくのもおかしいだろ」

「僕は一人でも大丈夫だけど?」


 静かに睨み合っているふたり。シュテファン様は余裕のある笑みを浮かべ、クリスは拗ねた子供のよう。


「シュテファン様、僕が領内を案内します。と言っても、今日はもう、近場の町くらいしか行けませんけど」

「ああ、頼むよ」


 シュテファン様は、我が国も含めたライン川西岸地区一帯を治める辺境伯様の長男で、少なくとも本拠地の領主と区域内統括官は継がれる。皇帝も、辺境伯を継ぐことに異は唱えておらず、シュテファン様が次期辺境伯様になることに強く反対される方や、造反・簒奪戦争を仕掛けようという者も、今の所いないという。


 そこで、ここまで来たついでに、ヒューゲルベルク内を視察してまわりたいと言いだしたのだ。


「わたくしも、勉強のためにご一緒してもよろしいかしら?」


 テレーゼ様も、すっかり乗馬用のキュロットドレスに着替えていて、最初から付き合うつもりだったみたい。

 高貴で上品なお姫さまのようにドレスのまま横座りするのではなく、一見ドレスに見えてもパンツスタイルのキュロットである。

 同じ女性でも、男性のような獣革のブリーチを穿いてゲートルで締めたりブーツを履いたりする活動的な方もいるけれど、私はどちらでも乗馬をした事がなかった。


「わたくしは、馬に乗れませんので、お留守番してますわ」

「俺の前に座ってれば? 落としたりしないよ?」

「お邪魔なのでは」

「アンジュが邪魔なんてことあるもんか。乗馬は追々覚えればいいから、今は、相乗りしよう」


 テレーゼ様もシュテファン様もそのつもりのようで断れそうにない。元々お兄さまが私をこちらに連れて来たのは、領地を知らないお嬢さまヽヽヽヽに、領地を見て知ってもらう為だ。



 結果的には、一緒に出て良かった。



 クリスが婚約者たるお嬢さまに贈ったにも拘わらず、一度も袖を通されなかったので代わりに着させていただいていたクライナーエンゲルの若草色のドレスを、お母さまに買っていただいた萌葱色の外出用のドレスに着替えて、クリスの操る馬に、お兄さまの手を借りて乗せてもらう。


 クリスの両腕の間に挟まれて座っているのはいたたまれないけれど、乗馬用の革のジャケットを着ていても、クリスの温もりは伝わるし、その胸に耳や頰が触れていると、鼓動も聴こえる。


 それらが、想像したよりも高かった馬の背の上での恐怖を和らげてくれるし、時々何かを指さして案内してくれる声も心地よい。


 領民は皆朗らかで、お兄さまは顔なじみなのか、手を振ってくださる方々も少なくなかった。


「テオドール様ぁ。そちらのお嬢さまはぁ、もしかしてお嫁さんですかー?」

「同じ氏族の姫君で、妹の客人だよ」

「妹君の?」


 畑の中から声をかけてくる若い夫婦が『妹』を探して首を巡らせる。

 仕方なく、そちらに向けて頭を下げかけて、堪えるためクリスの肩に額を預けるフリをして、片手をあげる。


「あんれ、妹ぎみえろぉ とても おめるがかぁ 恥ずかしがりですか ?」

「儂らの芋ぁ新鮮じゃけん だから 皮なり皮のまま食びょうるで?食べられるのよ  まあ、ゆーに ゆっくり しせられぇして行きなさいな ほいで そして ぎょうさん たくさん 食べてつけぇ食べて下さいね


 愛想の良い夫婦に手招きされ、5人とも馬から下り、畑の端の、木に結びつけられた天幕の下に入る。

 籠に盛り盛りのジャガイモを手渡された。


「まあ、ありがとうございます。ご馳走になりますわ。こんなにたくさん、よろしいんですの? わたくし、ジャガイモは大好物ですの。茹でても揚げても、野菜と一緒に炒めても、蒸して潰しても、サラダや団子にしても、何でも美味しいですわよね」

「さすがだね。低地・高地・上部、複数のゲルマン語を解するって、本当だったんだ。王都から出た事がないと聞いてたけど、けっこう強い訛りがよく解るね?」

「ほやぁ、初めて見るお嬢さまじゃけんど だけれども 、儂らの言葉ぁちゃあんと解ってつかぁさる理解してくださる ホンに 本当に えれぇ とても ええ良いお嬢さまやがだね


女性が、すでに収穫してあった皮が青くなく芽も出ていない、丁度良いものを幾つか、目の前で茹でてくれる。

 皮が青い未熟な新ジャガは、ちゃんと避けられていた。


 煮崩れしにくいタイプのツルッとしたものも、ほくほくになるデコボコしたものもあり、サッと塩を振りかけただけなのにとても美味しい。


 テレーゼ様は、恐る恐る口に運んでいた。


 冬が厳しいこの国では、小麦が採れる土地は限られている。

 少し前の饑饉の時に、帝国内にジャガイモの栽培が拡がり、今では上流階級でも主食に、一日一回は食べられる食材だ。


 テレーゼ様の領地は、寒さ厳しい帝都に近いけれど、比較的肥沃な土地で小麦が採れるため、三食パンなのだという。

 ポタージュやクヌーデル、(ニョッキのような芋団子)フライドポテトでは食べる事はあるけれど、茹でたてを囓るのは初めてだったらしい。


 その後も、あちらこちらで声をかけられ、クリスの国とも交換貿易に使われる野菜や果物、特産品の蟠桃バントウなどもあり、まだ収穫期ではないけれど、大粒の白葡萄も見せてもらった。


「冬厳しいこの国で、農業が好調な土地は大切だからね、僕が監理官を引き継いでも、サポートはしていくよ。

 民が朗らかで愛想も良く働き者なのは、公爵やテオドールが良き領主であり善き主家だからなんだろうね。いいことだよ」


 シュテファン様は、始終機嫌が良かった。


 お兄さまが領民に人気があるのも見られたし、初めは気が進まなかったけれど、領地に来て良かったと思った。




 ❈❈❈❈❈❈❈


例の、領地名が、県名をドイツ語にするとムダにカッコいい件から、


土地の人にはヒューゲルベルクの方言(笑)を使ってもらい、

農地には特産品を作付けしていただきました🍑🍇


きっと、マイセンのような磁器ではないけれど、陶器の名産地もあるに違いありません🍯備前焼窯元⋯⋯的な


ドイツの桃は蟠桃が甘くて人気らしいです

上から押しつぶしたような、平たい桃だそうです

平たい桃?と、ネットで検索してみたら、中味が少なめのお手玉か和菓子の梅型の練り切りみたいな形の、濃い紫がかったピンク色(白い果肉で、皮は薄くそのまま囓るそうで、熟した色でない部分は黄色や黄緑色をした鮮やかなものでした)

仙境の蟠桃宴で、あまりの美味しさに孫悟空が食べ尽くしてしまった仙人の回春(若返り、病気の快復)や仙女が美容に食べる不老長寿の仙桃がこれだったとか⋯⋯


方言は、祖母が出生地だったのですが、亡くなって久しく、うろ覚えです

聴けば解るけれど自分では話せない、程度の知識ですので、やや適当です🙇


現代のドイツ人の多くは、一日二食はパンを一食はジャガイモを主食に食べると聞きましたけど、地方にもよるそうです

10時のおやつはカット野菜とかドライフルーツとナッツ、3時のおやつには、男性でもがっつりケーキだとか

それにしても、主食が、パン🍞、ジャガイモ🥔、肉🥩って凄いですね

あの、ガッシリした身体と顎は、そうやって作られ⋯⋯



 饑饉ききん


多くは飢饉って書きますよね


Webディクショナリー複数から


飢饉とは、何らかの要因により人々が飢え苦しむことを指す

狭義においては、一地域における死亡率を急激に上げるような極端な食料不足の事態を指すことが多い

(今回はこれですね😅)

「饑饉」と書くこともあり「饑」は穀物が稔らないこと、「饉」は蔬菜が熟さないことを指す

主食とする農産物の大規模な不作を契機とする場合が多い


とありましたので、今回は、18世紀初頭の西プロイセン領での飢饉(人口の41%が死亡)、後半の三十年戦争、七年戦争、ザクセン・ドイツ南部での飢饉で、プロイセン大王フリードリヒ2世がジャガイモ令を出して、強制的に栽培させた事から、ドイツ全土に拡がった(当時の捕虜からフランスにも拡がった)事をアンジュは言っていたので、こちらの字『饑饉』にしました

(イギリスでは、聖書に載っていない植物で有毒植物だからと拡がらなかったらしい)

戦争で畑を踏み荒らされても地中で貯蔵されるジャガイモには影響は少なかったのと、小麦や穀物、野菜が育たない不作の時も、ジャガイモは一定量の収穫が見込まれ、地中に貯蔵して必要な時に収穫できて、カロリー、栄養価が高く、食べでがあると勧めた皇帝は、凄いなぁと思いました

もう、ジャガイモ大王でもいいんじゃ?笑


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