第16話 ミレーニア・ランドスケイプ侯爵夫人
宮廷で仕事が忙しいお父さまを待たず、晩餐が開始される。
夕刻に従者が、隣国の大使と会食会談を行うので今夜は遅くなる、食事は要らないと、伝言を持って来たらしい。
家族の様子を見ていると、わりとあることのようだ。
「アンジュリーネ、母上の顔に何か気になることでも?」
私は、食事の間、どうしても気になって、チラチラと、お母さまの顔を盗み見てしまった。それを
気にならないはずがない。
ミレーニア・ランドスケイプ侯爵夫人。
私の、貴族籍を抜いて縁を切った母にそっくりなのだ。
正確には、母からきつめの化粧を落とし、ナチュラル系の淡い色合いに変えて、素顔に近いお化粧なら、だけど。
恐らく、素顔はもっと似ているに違いない。
ただ、性格や環境で培った表情がまったく違う。
人のよさそうな、穏やかな、それ故に元々の美貌がより輝かしい。
私の母も、素直な性格に育っていれば、こんなにも美しかっだろうにと思える。
お嬢さまが母にそっくりだったのだから、ある程度予測はついたものの、ここまでとは思わなかった。
「ここまで似ていて、他人だなんて事ある訳ないでしょ?」
お嬢さまはああ言ってたけど、まさか本当に血縁者だったのだろうか。
「なあに? アンジュリーネ。何かついてる?」
お母さまに微笑みかけられると、頰に熱が集まり、ドキドキする。
こんな優しそうな人が本当の母だったら。私の人生はもっと違っただろうか。
「いいえ。その、笑わないでくださる?」
「もちろんよ。笑ったりしないわ」
「あの。わたくしも社交デビューしました。大人の仲間入りを果たしましたのに、まだまだお兄さまにもお父さまにも子供扱いをされるでしょう? その⋯⋯ 淑女の見本として、お母さまが最上級のお手本なんじゃないかと思って、仕草や作法などを真似て盗み取ろうかと⋯⋯」
「まあ!」
「確かにな。お前の動きは子供のようにバタバタとうるさい。母上を見習えば、少しは淑女に近づけるかもな」
「精進いたしますわ」
「⋯⋯⋯⋯」
え? なに? 今の受け答えは正解じゃなかった?
妙な沈黙が降り、メインディッシュの仔牛肉を切り分けるお兄さまの手が止まり、白いテーブルロールをちぎる母の手も止まっていた。
「アンジュリーネ? お前、やっぱりお祖父さまのところで、なんか変なものを食べたのか?」
「どうしてそう思われますの?」
「素直すぎる」
「テオ。その言い方は、可愛い妹に対して失礼よ? アンジュリーネだって女の子なんですから、淑女になりたいと思うのは当然だし、奨励されれば、精進しますと答えるのは当然でしょう?」
「母上は言葉通りに受け取りすぎます。コイツ⋯⋯アンジュリーネは母上の前では借りてきた猫のように大人しいですが、俺の前では幼稚舎のガキ共のように
「お兄さま、ひどいですわ。幾らなんでも、幼児と一緒にするなんて」
「だったら、もっと淑女らしくするんだな」
「テオ。あなたがそうやって子供扱いをするから、反発するのですよ。子供は鏡。優しく愛情深く対すれば、優しい愛情深い子供に育ちます。あなたが淑女として接すれば、自然と淑女になりますとも」
お母さま。確かに一般的には正しい対応ではありますが、中にはそれでは手に負えない子供もいますのよ。口には出せませんけど。
にこにこ微笑んでいると、お母さまは更にたたみかけてきた。
「ほらご覧なさい。わたくしのように丁寧に接すれば、こんなにいい子にしてますわ。あなたはもっと、女性に対する態度を改めるべきよ。そんな様子では、可愛いお嫁さんが見つかりませんよ?」
ふふ。お兄さまは絶句して、口を少し尖らせてそっぽを向いた。子供みたい。確か、二十歳だと聞いたけど。
「アンジュリーネのように婚約者のお膳立ては要らない、自分で最高の未来の侯爵夫人を見つけてみせますと宣言なさったのだから、女の子の扱いは学んでおきなさいね」
「⋯⋯はい」
ふ、ふふ、ふふふ。ああ、ダメ、笑いが堪えられない。
いい歳した二十歳の青年が、母親に女の子の扱いを学び直せと言われて口を尖らせるだなんて。
「お兄さま、お可愛らしい。大丈夫ですわ。そのままでお兄さまを素敵だと言う令嬢はすぐに現れます。そうして、気取らない素のお兄さまをお見せしても、きっと、想いは変わらずにいてくださる方が」
「アンジュリーネ、お前⋯⋯」
こんなに楽しく美味しくいただいた晩餐は初めてだった。
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