第15話 テオドール・ランドスケイプ侯爵家嫡男


 テオドール・ウルリッヒ・ランドスケイプ侯爵家嫡男。


 お嬢さまによると、細かいことに気がつく鋭い方で、普段は領地に居て会わないのに、もしバレるとしたら最初に気づくのは彼だろうと言う。


 私にしてみれば、家族なのだから、娘や妹と、他人の違いなど誰でもすぐに解るのではないかと思うけど。


「あら、お兄さま、ごきげんよう。お久し振りですわね? 領地の様子は如何?」


 なるべくお嬢さまに見えるよう、鼻の先に糸があって天から吊られているかのように顎を上げて、身長差はないかのように下目で見る。


「お前が、領地の管理に興味があるとは思えないが、ただの形式的な挨拶かな?」


 お兄さまとお嬢さまは、仲悪いのかしら? そう言えば、先程、放蕩娘がとか仰ったかしら。


「そんな意地悪を仰らないで。お忙しくされているお父さまに代わって、領地を治めていらっしゃるのだから、尊敬してますわ」


 少なくとも私はヽヽ


 嘘で塗り固めても、いずれ綻びから崩壊する。ほんの少し、真実を混ぜておく方が信憑性も高いし、取り繕ってばかりの嘘よりも耳障りもよくなる。


 お兄さまも、ほら。鳩が豆鉄砲喰らったみたいなお表情かおをされてますけれど、耳が、首筋が、少し赤くなってますわ。照れていらっしゃるのね。可愛い。


「ちょ、お前、それは反則だろう。本音なら嬉しいがな」

「もちろん、本音ですわ。心にもないことは申し上げません」

「そうか。なら、今はそういうことにしておくよ」


 お兄さまは、私の手を取り、階段を下り始めた。


「あら。食堂までエスコートしてくださるの?」

「たまにはいいだろう?」

「毎日でもよくてよ」

「お前、やっぱり、お祖父さまのところで、なんか変なもんでも口にしたのか?」

「失礼な。私は、いつもいい子にしてますわ」

「⋯⋯そうかもな」


 お嬢さまは、家では、行動を制限されたり小遣いを止められないよう猫を被っていると言っていたけれど、お嬢さまの気紛れや勝手、我が儘や自由さは、お兄さまにはバレてるみたい。

 それとも、使用人達から報告があがるのかしら? どちらにしても、お兄さまの前では、いい子 • • • のアンジュリーネは通らないらしい。


 食堂には、煌めく手入れの行き届いた金髪の美女が先に座って待っていた。


 ミレーニア・ランドスケイプ侯爵夫人である。


 この国では珍しいペリドットの瞳。

 私が辞退したような、背中の見えるイブニングドレスも見事に着こなしていて、宝石や輝石のカケラやビーズが、天然の光とは別の光を反射している。


「アンジュリーネ、お帰りなさい。お勉強が捗ったのですって?」

「ええ。お母さま。わたくし、お友達や交遊の場を広げようと思いまして、語学を少し」


 別荘にこもる言い訳として用意したものが、語学学習である。


 もちろん、後で入れ替わっても問題のないように、お嬢さまに私から古語を少しと、西域の王国の言葉を手解きしてある。

 閉じられた別荘という空間で、その国の言葉しか使わずに会話する、という方法をとったのだ。

 ちなみに、エルマさんもカタコトだけど話せるし、イルゼさんに至っては、今すぐ移住しても不便ないほどに話せた。


 だから、言い訳として信憑性があるのではないかと思ったのだ。


「へえ? お前が、語学ね?『どこの国の言葉を習ったのかな?』」

『フランク語、フリジア語、カスティーリャ語を少し。バスク語は難しくて中々⋯⋯』

『それは凄いな⋯⋯ どうやって?』

『イルゼが流暢に話せますので。エルマも多少。滞在中、その言語しか話さないという方法で』

『なるほど。それは上手い方法だな。それしか使えなければ、まわりもそれしか話さなければ、覚えるしかないからな』

『留学する方がもっと身についたでしょうけど、お父さまがお許しにならないでしょ?』

『確かに』


 淑女教養フィニッシング学校スクールにも通わせず、家庭教師のみでデビュタントまで過ごさせたと言うのなら、お嬢さまの外出や交友関係には厳しかったと想像がついた。どうしてああいう性格になったのかも。


 籠の中の鳥でいることが窮屈で鬱憤が溜まったのだろうと。


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