第14話 お嬢さまのドレスは辞退したいものばかり


 パティシエ・トムソンのプチタルトは、今まで食べたことのない美味しさで、クセになると後がつらそうだった。


 こんな甘くて重たいお菓子をしょっちゅう食べていたらドレスのサイズがどんどん大きくなりそうで。

 元の生活に戻った時、自分の稼ぎでは食べられなくて、恋しくて泣きそうで。


「お気に召したのでしたら、毎日とはいきませんが定期的に、デザートにおつけしましょう」


 家令のジェイムズさんは、にこにことプチタルトを並べて、紅茶を注いでくれる。


 晩餐用のドレスは、背が出る大人のイブニングドレスを着させられそうになったのを慌てて辞退した。

 こんなの、着たことがない。


 お嬢さまのクローゼットを見ると、身体の線を強調するようなものや、宝石や高価なレースがふんだんに使われた重いものばかりだった。


「もっと普通のドレスはないのかしら⋯⋯」


 私の希望を叶えるために用意されたものは、ジョーゼット生地を幾重にも重ねた可愛らしいワンピースだった。


「お嬢さまが、13歳の頃にお召しになっていたものです。サイズが合えば⋯⋯」


 悲しいかな、ピッタリだった。むしろ、胸が余り加減。


 でも、エルマさんは驚く事に、背中や脇腹の肉を揉み引いて、胸の辺りに収めた。

 それで、ちょうど、誂えたようになった。


「ドレスというものは、ただ着ればいいものではありません。よりその身を美しく演出するようにデザインされているのですから、最大限に利用しなくてはなりませんよ。これは、この先も憶えておくといいでしょう」


 ストッキングを穿くときは、座って、足を上げて爪先から伸ばすように穿く。

 コルセットやビスチェを着けるときは、今のように、脇や背に散った肉を揉み寄せてくる。

 ウエストニッパーやガーターは腿やお尻の肉を引き上げて。

 どこも、筋の流れに沿って。

 ドロワーズを穿くときも!?

 ⋯⋯柔らかい下着でも、意識して肉を引き上げて身につける事で僅かでも変わるのだという。


 とにかく、今身についてる柔らかいお肉は、寄せて、有るべき場所へ誘導しなくてはならないらしい。

 そんな事したことなかったわ。


 髪は、やや子供っぽいワンピースに合わせて、ハーフアップと降ろした部分は緩く編んで、レースのリボンで結わえる。


 お嬢さまに見えるよう目元をきつめに施した化粧は、ドレスのイメージに合わせて柔らかい雰囲気に変えた。


 凄い。


「凄いわ。エルマさん、メイクのプロなの? お嬢さまに似て見えるのに、不思議と私のままの雰囲気も出てる」

「素材がいいですから。別荘にいる間に、お肌の手入れをしたかいがありましたね」


 パン屋で働いていた間に出来た、手のひらの指の付け根の硬くなった部分はふっくらと柔らかく、荒れた指先も白くふわふわに、これぞ貴族令嬢、スプーンより重い物は持ったことがありませんって感じの手に変わった。


 ほっぺもすべすべで、元々日に焼けていなかった白っぽい顔も、透き通る白さと、血色のよい薔薇色の頰と唇に。眉もすっと引いたように整えられた。


 パン屋の看板娘だった元子爵令嬢現平民は、侯爵令嬢に生まれ変わったのだ。


 ちょっと子供っぽいけれど、透け感の雰囲気も柔らかくて気に入ったジョーゼットのワンピースドレスを着て、化粧やヘアスタイルを再確認すると、部屋を出て晩餐に向かう。


「へえ? 放蕩娘が、今夜は晩餐に参加するのかい?」


 食堂のある階下へ降りる階段の踊り場に、腕を組んだ、琥珀か蜜の色の髪を緩く流した二十歳前後の青年が、こちらを向いて口の端を歪めて笑った。


 テオドール・ランドスケイプ侯爵子息


 お嬢さまの兄君。普段は、お城で忙しい当主に代わって、領地で領主代行執務に明け暮れているという。



 ──お兄さまは、お父さまやお母さまに比べて鋭くてらっしゃるから、気を抜かないでね?


 そうお嬢さまに忠告された人だ。


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