第12話 私は、ランドスケイプ侯爵令嬢


 元々子爵令嬢としての下地があるため、令嬢としてのマナーや振る舞いは軽くお復習いするだけで、家庭教師から及第点をいただいた。

 お嬢さまのフリも、時折、メイド達が勘違いするほど、寄せられるようになって来た。あまり、いえ、かなり嬉しくないけど。


 後は、人間関係と、それぞれとのエピソードを憶えれば、アンジュリーネ・ランドスケイプ侯爵令嬢として、邸に戻る事が出来ると思える頃。



 お嬢さまが鬼気迫る表情かおで、癇癪を起こしていた。

 ベッドで枕を摑み、何度も何度も叩きつける。


「莫迦にして! 見てなさい!! 私は死なないわ! 絶対に、完治してみせる」


 お嬢さま付きの侍女のひとりがこっそり耳打ちしてくれた。


 例の、感染し発症してしまったランドリーメイドが亡くなったというのだ。


「ここにいらしたの?」

「秘密を漏らさないためと、投薬の効果を見るため、と仰ってました」


 実験台にしたの?


「何よ! 瘡毒には、まだ特効薬はないのよ!? 様子を見るのは当然でしょ? それに、私から感染うつったんだから、治療を施すのは当たり前じゃないの」


 それはそうだけど、特効薬がまだない、治療法が確立されていない不治の病だからこそ、薬の効果を見るためという言い方をされれば、治験扱いだとしか思えなくなる。


 そして、投薬の効果がなかったのか、体質に合わなかったのか、そのメイドは亡くなって、それで、お嬢さまが荒れているらしい。


 治るかもしれない薬の希望がひとつ消えたのだ。荒れたくもなるだろう。


 でも、克服した人がいない訳じゃない。

 何か、治療に効果のある物を知らず摂取しているに違いない。ただ、それがなんなのか誰もまだ知らないだけなのだ。


 いつもお嬢さまに付き随っている侍女が宥めていた。



 その後も、何度かお嬢さまは体調を崩していたけど、本人の言い方をそのまま言えば、しぶとく生きていた。


 顔色は悪くなったけど、眼は、生き抜く意欲を見せていた。

 あれなら、本当に克服するかもしれないと思った。




「いい? お父さまは王宮でも信頼される経済産業省の高官なの。お母さまは王家と縁の深い公爵家の令嬢だったのだけど、お父さまを見初められて、降嫁なさったの。だから」


 侯爵令嬢とは聞いていたけれど、経産省の高官の娘だなんて、そりゃあお金持ちよね。しかも、お母さまも王族の出身だなんて。


 そんなお家柄のご両親の娘が、瘡毒で苦しんでいる。


 ご立派なご両親なのに、教育を間違えたのか、本人の資質がああなのか。

 とにかく、ご立派なご両親の前では、お上品な令嬢の顔をしているらしい。

 娘のいき過ぎた社交もそこで得た病も知らず、お嬢さまの事を信用しているのだろう。



「そうね。病の事を知っているのは、ランドリーメイドが三人。内一人は亡くなったけど、後の二人はこの別荘で働いてるわ。

 家令のジェイムズと」

「ジェイムズ? ヤーコブじゃなくて? 異国の出身なんですか?」

「そうよ。北西部の王国の執事学校で首席で卒業した優秀な執事なの。国王陛下も欲しがるのよ」


 父親の執事までアクセサリー感覚なのか。


「侍女が二人。いつも一緒にいるから知らないでいられる筈はないわ。エルマは伯爵家の二女で、私が子供の頃から傍にいるの。アンタが邸に戻る時は一緒に行ってもらうわ。何か、やらかしてもフォローしてくれるはずよ」

「よろしくお願いします」

「私は、本当はお嬢様のお側で、闘病なさる間のお世話をしたかったのですが」

「仕方ないでしょう? エルマがいなかったらおかしいでしょ? 今までずっと一緒だったんだから」

「⋯⋯はい。理解はしております。が、感情が追いつかないのです」


 悔しそうに唇を噛むエルマ嬢。上級侍女なのか、お仕着せを着ておらず、シンプルだけど上等な生地のドレスに季節の花を模したコサージュをつけていた。


「ありがとう。少しでも早く帰れるように努力するわ。

 こちらはイルゼ。エルマ同様、ずっと私の側仕えをしてくれてるの。彼女は男爵家の三女なんだけど、淑女教養フィニッシング学校スクールで優秀な成績でね、伯爵家の二男に嫁いだんだけど、死別して里に返されて、うちで雇ったのよ」


 そんな感じで、貴族名鑑を照らし合わせながら、お嬢様の交友関係をひとつひとつ憶えていく。




 そして、ついに、総てに及第点を得て、ランドスケイプ侯爵家に帰るヽヽ日がやって来た。

 まだ不安だったけれど、いつまでも留守に出来ないと言うのもある。



 ──私は、アンジュリーネ・フォルトゥナ・ランドスケイプ侯爵令嬢


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