第9話 お嬢さまの婚約者

前話を回避された方へ

 お嬢さまの病は『瘡毒』⋯⋯いわゆるスピロヘータ。江戸時代末期に吉原とかで流行ったアレ

 社交界でも有名な美男子と秘密で遊んだ結果罹患したもよう

 

 ❈❈❈❈❈❈❈



「お、お嬢さまには、婚約者は?」

「もちろん居るわよ? お父様が是非にと話を進めて婚姻契約を交わした相手がね」


 居るヽヽわよって事は居たヽヽではなくて、その、瘡毒で亡くなった方とは別の人って事。


「何よ。貴族って言うのはね、上位になればなるほど、互いの家の利権や政治勢力などの複雑な事情からの政略結婚なのよ? 殆ど平民の子爵令じ⋯⋯あら失礼、今は本当に平民なのだったかしら? 平民には理解できないかもしれないけど、恋と結婚は別物なの」


 もちろん、貴族の結婚は契約で、恋愛感情は関係ないのは解るわ。当主も夫人も、愛人をつくって楽しむのも。

 でも、それは、一度正しく婚姻関係を築き、後継ぎとその代行と補佐になる弟妹を産んだ後の事なんじゃないの?


「私の婚約者はね、一応公爵家フュルスト の嫡男なんだけど。領邦侯(テッレトリウム半自立公国主)だから、帝国内においての階位的には、侯爵と同レベルなの。

 まあ、それは置いといて、」


 だったらそんな言い方しなくても。


「公爵様も本人も、騎士なのよ」

「辺境伯や領邦侯は、国境の守護者だから、物流業や武力が主なお役目ですもの、当然そうなるでしょうね」

「騎士って、頭が硬くて、潔癖性で、生真面目で、しゃれた会話が出来ないのよ」

「⋯⋯」

「だから、恋の駆け引きや会話を楽しむには、夜会に出て、そういうのが得意な貴公子とお近づきになるしかないの。美男子なら尚よしね」

「⋯⋯」


 堂々と言う事かしら。


「その婚約者に、感染している可能性は?」

「ないわ」

「でも、騎士だというのなら、手やお顔に傷があるかもしれないわ。触れた時に感染していたら⋯⋯」

「ないって言ってるでしょ? 病が発症するまでも、手袋ごしにしか触れないし、先に言った通り、潔癖性で、婚前交渉とか肌に触れるとか有り得ないしとんでもない、キスすら一度もなくてよ?」


 社交家の美男子とは、病が感染うつるような事をしておいて、婚約者とはなんにもない? 本当に?


 私の訝る気配を読めるようになって来たのか、お嬢さまは、私が言わずに飲み込んだことにも返事をするようになって来た。


「だから、潔癖性なのよ。エスコートする時にも手を手袋ごしに、とか、夜会などでも、一歩引いた位置で立っていたり、ダンスするときも、リードこそ上手いけれど、身体を離したホールドは下手としか思われないのに、身を寄せたりなんかしないのよ」


 いい人⋯⋯なのかも。恥ずかしがったり照れに負けたりしないように、気遣ってくださってるのではないかしら。

 中には、やたら身を寄せて来て、令嬢達が恥ずかしがるのを面白がったり、お嬢さまのように恋の駆け引きを楽しみたい人かどうか探りを入れる令息も居るというのに。


「いい方と思うけれど」

「アンタと気が合いそうね? でもダメよ。私は、アイツは好きじゃないの。アイツ⋯⋯婚約者であるクリストファー・エルラップネス公爵フュルスト嫡男。ナハフォルガー これまでも冷えた関係なんだから、親しくしないでよ。怪しまれるわ」


 ──クリストファー・エルラップネス公爵令息!!



 彼が、お嬢さまの婚約者⋯⋯なの?


 心臓がうるさいほど騒ぐのを、お嬢さまに気づかれないように無関心を装うのは、かなりの労力を要した。


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