第8話 お嬢さまの病(※病状表現が苦手な方は回避願います)

 今回、お嬢さまの病状について表現があります。

 苦手な方、地雷な方は、回避してください。


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 訊いてはいけなかったのだろうか?


 でも、この先、お嬢さんもといお嬢さまのフリをするのだから、知っておいた方がいいのではないのかと思うのだけれど。


「⋯⋯そうね。知っておいた方がいいのかしら? 口外はしないでね。最も、滅多なことでは口に出来ないでしょうけれど」


 口にするのが憚られるようなやまいって何? まさか、伝染病!?


 顔色を無くして自分への感染を心配したのが表に出たのだろう、お嬢さまは口を歪めて安心しろと言う。


「何よ。滅多なことでは感染うつらないわよ。 ⋯⋯たぶん」


 たぶんなの? どうにも安心できないのだけれど。


「アンタの手が荒れていて傷があったりしたら、私に触れるとあるいは感染うつるかもね? 本宅のランドリーメイドがひとり、感染したわ」


 ⋯⋯‼ 伝染病⁉


「だから、触らなきゃ感染うつらないってば。そんなに身を引かなくてもいいでしょ。アンタまで病気になったら、身代わりを立てる意味なくなるんだから、それくらいは気をつかってあげるわよ」


 手が荒れていたランドリーメイドが感染すると言うことは、お嬢さまの皮膚片や傷口から滲み出る汁や血液で感染うつるという事かしら。

 ベッドのシーツとか着衣、お嬢さまが触った物にも気をつけなきゃ⋯⋯



「ま、いいわ。知らなきゃ怖いだろうから教えておくわ。

 私が罹っている病は『瘡毒』

 細菌感染症だから、バイキンを死滅させる強い薬を定期的に投与して、痕が消えるまでこの別荘に隠れ住むしかないのよ」


 瘡毒って、娼館や傭兵部隊なんかで流行はやる性病の一種じゃなかったかしら。



 て、ええ⁉ 侯爵令嬢が性病に罹患⁉



「多少の知識はあるみたいね。そうよ。両親に知らせて医師を呼べない理由がそれ。さすがに、お父様には言えないわ」


 ご両親にも言えないって事は、施療院へのボランティア活動中に患者に触れて傷口から接触感染したんじゃなくて、本当にそうい • • • う理由 • • • で感染したって事なのね。それは確かに言えないでしょうね。


 そして、資産家侯爵のご令嬢が罹る病でもない。


「どうして罹ったのかとか、なぜ医師に診せずにそうと判ったのか、不思議?」

「ええ。医学知識がおありなの?」


 そうなら、お嬢さまと入れ替わるのに、勉強を修められるとは思えない。


「アンタと変わらないか、それ以下の一般的な知識しかないわ。たぶん。

 解ったのは、私に感染させたであろう相手が先日亡くなったからよ」


 瘡毒は、まだまだ不治の病と言われる難病だ。毎年、数え切れないほどの娼婦や兵士が亡くなっている。

 粘膜や傷口から黴菌バイキンが侵入して移るという話だけれど、まだその黴菌を死滅させる特効薬は見つかっていないし、病を克服した人も、保菌者と触れ合うことで再度罹患する。

 他の流行病はやりやまいのように、一度罹ると免疫が出来て罹らなく(或いは罹りにくく)なるという事はない、恐ろしい病気だ。


 聞きかじりの知識しかないけれど、顔や手に薔薇のような変色部分や発疹が出ているのなら、潜伏期間を経ての症状が悪化する辺りだという事。

 その亡くなられた方は、何年も経過しての悪化が原因なのかしら。



「社交界きっての美男子で洒落者だったんだけどね。その高いお鼻も、死ぬ間際には崩れて落ちたそうよ」


「お、お嬢さまには、婚約者は?」

「もちろん居るわよ? お父様が是非にと話を進めて婚姻契約を交わした相手がね」


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