第5話 お嬢さまの用件は


 あちこちに変な色の痣のあるお嬢さんは、高飛車ってこういうのなんだという態度で、話を続けた。


「とにかく、アンタと私はそんなに遠くない血縁で、多少顔立ちが似てるの。厚化粧したら、他人に、簡単にはバレないくらいにはね」


 やはり、似てると認めたらしい。


「で、物は相談なんだけど」


 絶対、相談じゃなくて、ほぼ命令に近いですよね? 血縁だかなんだか知らないけど、初対面の相手に対して、相談、お願いをしている態度じゃないですよね?


「幾らか恵んであげるから、しばらく私の代わりをしてくれないかしら?」


 ほら、とんでもない事を言い出した。


 多少似てても本人じゃないのに、他人に代わりが務まる訳ないでしょうに。

 礼儀作法から教養、普段から身に纏う衣装とそれらから導き出される身体の動きのパターン、おそらくは知識や才能、得意な技能、読んだことのある本からちょっとした仕草や好みの食べ物まで、きっと何一つ同じものはない。と、思われる。

 まして、他人にはバレないくらいに似てる事が重要だったりとか、代わりをしろと言うからには、知り合いやご友人に、赤の他人だとバレないように身代わりをしろと言う話なんでしょう?



 どう考えても無理だわ。



「今のアンタのお給金の三倍出すわ。この店も、アンタという働き手を失くすのだから、その間代わりを寄越すわ。私のメイドの中でも、料理や給仕の得意な子をね」


 そんな勝手なこと、出来る訳ないでしょうに。

 調理が出来るとか、給仕が得意とか、そう言うことじゃないのに。


 私のため息は見なかったことにしたのか、本当に気づかないのか、たぶん後者だろう、どんどん話し続ける。



「とにかく、この人前に出られないような痣が消えて、病が治らないと、人前にも出られないし、お父さまも心配なさるわ」


 それは、あなたの都合よね? 遠縁だか知らないけど、今まで存在も知らなかった親戚なんて他人と同じよ?

 いきなり来て、お金をやるから代わりをしろですって?

 馬鹿げてる。バレないはずがないし、私にはなんのメリットもないみたいに思えるけど。


 私の様子にいい手応えを感じなかったのだろう、作戦を少し変えてきた。



「王都のアンタのお祖父様にも、それとなくいい話が行くように手配してあげる。領地もない称号だけの、僅かな年金暮らしなんでしょう?」


 ハッとしてつい顔を見てしまった。


 そこにつけいる隙があるとみたのか、痣のあるお嬢さんはたたみかけてきた。


「母親に見捨てられ、年金暮らしの祖父母に後見させてこんなパン屋で働いていても、たいした稼ぎじゃ無いでしょ? お祖父様お祖母様に恩返ししたいんじゃないの?」


 それはそうだけど、こんな形でなくても良いはず。




「断るなら、そうねぇ⋯⋯ 噂って怖いわよね?」


 あろう事か、脅しにかかってきた。


 商家は勿論、貴族社会は特に、噂に振り回されて破滅する者も少なくない。


 ちょっと夜会で、どこぞの領地に流行病が出た、とか、どこそこの商会の経営が不振だとか、嘘でも構わないのだ、それらしき噂だけで、人々は不安になるとその対象を敬遠するようになる。

 商家は経営不振が本当になり、その領地への通行者や商品の流通が途絶えたら、領民も領主も死活問題となる。


 それっぽい信憑性を混ぜて噂するだけで、時には大貴族をも潰せる武器。


 それが噂なのだ。



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