第4話 母に似た来訪者
「なによ、似てるって言うから来てみたけれど、そんなに似てないじゃない?」
「いいえ、お嬢様。お肌や御髪に手入れをして、髪を結い上げ化粧をし、ドレスを着せればガラッと変わります。よく似ておいでですよ」
「それって、私も貧乏くさいって事?」
なんなの? この失礼な人は。でも、確かに、派手な化粧をして高価なドレスを着れば、似ているとは思う。もっと正確に言えば、私にではなく、今は他人になった母に、である。
母が十五歳ほど若返ったらこんな感じだろうか? あの人は若作りだから、そのままでもおおよそ似ているのだけど。
幾らお客様の少ない夕刻の閉店前だとはいえ、突然現れて、ジロジロと私の頭から爪先まで眺めて文句を言い、こちらにはなんの説明もなしに、パン屋なのにパンには一瞥もくれずに勝手に侍女と二人で話し始める、何処かの大店か貴族家の令嬢らしきお嬢さん。
声は大きくて、不満げで聴く人に不快感を与える
店に入ってすぐ扉の前に陣取って、自分達だけ納得して訳のわからない事を言い続ける。
いつも仕事帰りに寄ってくれる常連さんも勿論、噂を聞きつけて様子を見に来てくれた
「ま、いいわ。そんな事はどうでもいいの。要は似ていて、バレなきゃいいのよ」
なんの事だろうか。誰だか知らないけれど、私とこの人が似ていたらなんだと言うのだろう。
それに、若かりし頃の母にそっくりだけど、私が肌や髪を手入れしたら似てると言うけれど、実際にはこの人の肌は荒れていて、その身に纏った高級そうなドレスとはミスマッチに思えるほど、状態が良くない。
染みなのか痣なのか、ところどころ色が変わっているし、吹き出物とはちがう、何か皮膚炎だろうか、とにかく酷い。
顔立ちはいいのに。私は好みじゃないけれど、母のような、男の目をひく、派手な化粧とパッチリくっきりとした容貌。
私はきっと父に似たのね。似てはいるのだけれど母のような派手な顔つきではない。
痣顔の彼女のお付きの──たぶん侍女かな──女性の言うには、私も濃いめのメイクをして、宝飾品やドレスで着飾れば似ているそうだけれど。
「お前、幾らで働いているの?」
「なぜ、そんな事、知らない人に言わなければならないんですか?」
「知らない人? アンタ、莫迦なの? これだけ似てて、知らない人って事ある訳ないでしょう?」
何言ってるの? そりゃ、私は元は子爵令嬢で、祖父は伯爵よ?
でも、この人は、お忍びなのか痣を隠したいのか、レースとシルクで出来た花束が載った、船のような大きな帽子を目深に被り、鐔の縁からレースを垂らして顔を隠してはいるけれど、その帽子もレースも、総レースのオーガンジードレスも、どれをとっても私が身に纏った事なんかないような高級品。
恐らく、いいえ絶対、伯爵よりも上、侯爵や公爵、或いは名誉男爵の称号を戴いた大店豪商の娘だろう。
そんな人に、知り合いなんかいない。子爵と言っても名ばかりで領地もない、領地がないから税収も俸禄もない、タウンハウスもマナーハウスもない、
「憶えてないらしいけど、私達、血の繋がりが少しあるのよ。そうじゃなきゃ、こんなに似てる訳ないでしょう?」
そう言って、睥睨してくるお嬢さん。さっきは似てないと言ってたのに、似てると認めたらしい。
どうでもいいけど、扉の前で立ち
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