第2話 眩い光の中で


 煌びやかに光を細かに乱反射し、まわりを宝石細工のように輝かせるシャンデリア。


 緩く湾曲してホールへ下る、煉瓦色のカーペットの敷かれた階段を、クリストファー様のエスコートリードで一歩一歩下りていく。

 背後の踊り場で、主催側の執事のひとりが、私達の名前を読み上げるのを聴きながら。


 何回目だろうとも、酷く緊張する。


 隣で私の手をひくクリストファー様の、ククと詰まらせるかのように喉の奥で笑うのが感じられる。


「まだ慣れないのかい? ランドスケイプ侯爵令嬢アンジュ──我が婚約者殿」

「⋯⋯ええ。多くの人に見られると、いつも酷く緊張するわ。例えどんなに取り澄ましても、ドレスの内側は冷や汗で酷いものよ。他の令嬢だって、そんなには変わらないと思うけれど」


 実際はどうだか解らないけれど、人前で緊張する人は多いと思う。誰もが見られて平気だとか逆に快感だとか、度胸のある舞台女優みたいな令嬢ばかりだとは思いたくない。


「いつも、コンテストに出る着飾った愛玩犬のようにすましていたから、平気なのかと思っていたよ」


 それは、本物のお嬢様のことだろう。或いは、アンジュお嬢様と言う婚約者が居るのにも拘わらず、クリストファー様に群がる肉食獣の如き令嬢達の事だろうか。


「まあ、そうやって震えを隠して僕の手を拠り所にする姿は可愛らしくて、目が離せないからいいけどね」


 この方、昔からこんなに恥ずかしい事をスラスラ仰る  おっしゃ 方だったかしら? 十年ほど前の記憶だから確証はないけれど、会わなかった間に、女性馴れした『貴公子ヽヽヽ』に変わってしまったのかも。


 ──私だって、あの頃の私じゃない



 大抵は主催者がパートナーの手を取りファーストダンスを踊るものだけれど、今夜の招待客に、王弟殿下と婚約者様がいらしたので、彼らがホールの真ん中で踊り出す。


「あのように、衆人環視の中でたったひと組だけ踊るなんて、どんな苦行かと思いますわ」

「それでも、慣れてもらわないとね。我が家は一応エルラップネス公爵家フュルスト領邦侯テッレトリウム(半自立公国主)として、諸侯らを招待して夜会を開かねばならない時もある。

 父上母上がご存命の間は任せられるけれど、いずれは僕たちが当主としてファーストダンスを踊る時が来るんだからね」


 賑やかで贅沢な催しが好きではなくても、社交能力がある、栄えた領地を正しく治めている事を証明するためにも、持ち回りで夜会を開くのが貴族社会。

 経済力と統治力を見せつけ、互いに情報交換し、有利に交渉を進めるのが貴族。


 解っていても、その一端に身を置いていても、未だ馴染めない。


 王弟殿下と婚約者のダンスが終わると、演奏曲が誰でも踊りやすい初心者向けの定番のものに変わる。


「さあ、慣れなくても、僕らも踊ろう。仲の良いところを見せつけておかないと、うるさい人もいるからね」


 私達の仲が良くないとうるさい人物。


 一人はアンジュお嬢さまの父上ランドスケイプ侯爵様マークィス だろう。

 うるさいかどうかはわからないけど、エルラップネス公爵さまだとて、家同士の繫がりの為に婚姻契約を結んでいるのだから、仲良くしているに越したことはないだろう。


 アンジュお嬢さまは、彼のどこに不満があると言うのだろう。それとも、不満はなく、ただ、他にも目を向けたいだけなのだろうか。


 いずれにせよ、私の役目は、今夜終わる。


 ──さあ、ラストダンスを踊りましょう


 煌びやかな光と、酒と香水の匂いに満ちた華やかな今夜の夜会は始まったばかり──






꙳꙳꙳꙳꙳꙳꙳꙳


明日からのカクヨムコンにエントリーしようと思って公開しました

応援、よろしくお願いします。(,,ᴗˬᴗ,,)⁾⁾⁾


150話くらいの長編になります

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る