36
「最近さ、菜乃葉、病気の進行が早いんだ」
陰鬱な顔で、目の前の彼女はアイスコーヒーを一口飲んだ。
「……それは僕も、覚えがあるな。つい最近したばかりの話を忘れていたりとか、増えてきた気がする」
僕の顔も、彼女と似たようなものだろう。
「もう私……病んじゃいそうだよ」
彼女にしてはらしくない弱音だった。いつもは勝ち気の彼女も、親友の病状があまり芳しくないとなるとかなり落ち込んでいた。その様子を見た後では、彼女が自殺を企んでいるだなんて僕の口からはとても言えなかった。
「あれ、証梨と藤崎?お前ら知り合い?」
そこに突然やけに場違いな声がして、僕たち2人は声の主に顔を向けた。そこには、僕の親友がいた。
「一真⁉︎」
「吉田⁉︎」
証梨と声が重なって、2人して「え?」と向き直る。彼女は一真のことを「吉田」と呼んだ。知り合いなのか……?
「え、藤崎、吉田と知り合いなの?」
「そっちこそ」
「俺としては証梨と藤崎が知り合いのことのほうがびっくりだよ」
こんな偶然があるだろうか。3人が個々との関わりを持っていながら、3人としての関わり合いはなかったらしい。
「待って。いったん整理しよう」
証梨が言って、一真は僕が座る隣の席に腰かけた。
***
僕と証梨は、病院の一階に併設されているカフェの一角で話していた。菜乃葉のお見舞いの帰りに、またもやばったり出くわしたのだ。証梨がよかったらちょっとお茶しないかと言い、特に断る理由もなかったので僕はそれにうなずいた。そこへやってきたのが、僕の友人でありまた証梨の知り合いでもあるらしい一真というわけなのだ。
「えーとつまり、藤崎と吉田は中学時代の友人で……」
「証梨と藤崎は高校で同級生……」
「で、一真と証梨が病床時代の顔見知り、と……」
今までなんで何も知らずに過ごしてきたのだろうというくらい、僕らの縁はなかなか奇妙なものだった。どうやら一真と証梨はかつてこの病院にそろって入院していたのだという。とここで、僕はあることに気付いた。もしかして……。
「もしかして……藤崎がいつだか話してた、夜にいびきかくやばい奴って、証梨のことだったりしないよな?」
「……そのまさかだよ」
一真は苦笑しながら返した。
「誰がやばいって?」
次いで証梨のいつにもまして低く冷たい声に僕ら2人は震え上がる。
「別に?な、何も言ってないよ?」
一真が早口に言うと、証梨は肩をすくめた。
「そうやってコソコソされるとさあ、私すっげーイライラすんだよねぇ……」
その声には、さすがと言うべき貫禄みたいなものがあった。肝をサーっと冷やしてくるかのような、その場の空気が電気を帯びたようにピリピリとしびれている。
「スイマセン!藤崎に証梨のいびきの話、しました!」
目を見張る速さで、一真は証梨に勢いよく頭を下げた。滑稽だった。
「んだよ、そんなことか。別にそんなのどうだっていいわ。コソコソされるほうが腹立つわ」
まぁ、彼女の正確ならそうだろうなと僕も思う。自分の黒歴史の一つや二つ、他人に話されたってどうってことないのだろう、彼女は。
「あ、僕、そろそろ行くよ」
母親に買い物を頼まれていたことを思い出して、僕は席を立った。
「あ、私も弟のお迎え行くの忘れてた」
「や、それは忘れちゃダメだろ」
一真がツッコむと、
「途中で吉田が割って入ってくるから、時間忘れちゃったんだよ」
と証梨が返した。
「俺のせいにすんなよ!」
2人は仲がいいのか、軽口の応酬がやたら騒がしかった。
「じゃあな、一真」
「それじゃ、吉田」
「おい!俺を置いてくなよ!」
久々に、こんな騒々しい場面に出くわした気がする。菜乃葉のことでいろいろあって、騒がしくする余裕なんて全然なかった。けれど、僕は思い出した。もうすぐ彼女がいなくなろうとしていることを。それを容認した僕の言動も。死んでほしくない。でも、僕が口をはさむべきじゃないことも痛いほどわかっている。僕は苦しかった。葛藤の中にあった。
それで僕は、彼女と会って話をしようと思った。
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