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 バイト初日。カフェの通用口から店内に入ると、面接をしてくれたオーナーは不在で、代わりに平野ひらのと名乗る男子大学生の先輩が仕事を教えてくれることになった。平野先輩は男らしく背も高くて、同僚からは人気らしい。眼差しは射抜くように力強く、濃い眉もすっきりとして凛々しい。シャープな顎のラインとか、はにかんだ時にこぼれるようにのぞく八重歯とか。僕だって女に生まれていたなら、彼に一目惚れだったかもしれない。男の僕にそう思わせるほど、一言で言えば彼は美形だった。


 「クン付けで呼ぶのもあれだからな、呼び捨てでいいよな、藤崎?」


 「はい。お好きなように呼んでいただいて構いません」


 開店30分前の店内フロアで、僕と先輩は向かい合うようにして立っている。これから大まかな仕事の内容を教わるのだ。


 「よし。じゃ、まずは接客の基本な。今日は初日だから、藤崎には注文と料理を運ぶのをやってもらう。注文はこのタブレットに……」


 新人の扱いに慣れているのか、あるいは人と関わることに慣れているのか。先輩は初対面の僕とまるで知り合いにでも話すかのような調子で丁寧に仕事内容を教えてくれた。僕ならきっと、初対面の人間と話すことを避けるだろう。彼女に会うまで、友達は必要ないと思っていたくらいだから。けれどそんな僕が、こうして接客がメインのバイトをすることになるなんて、彼女は想像できただろうか。


 「……とりあえず今日はそんな感じだな。何か質問は?」


 「いえ、特にないです」


 「お、気合入ってんな。それじゃ、とにかく仕事でどうしても困ったことがあったら、すぐに俺か近くにいるスタッフを呼ぶこと。まだ初日だし、俺らに迷惑かけるのはいいけど、お客様にだけは絶対迷惑をかけないこと。今日はそれだけ必ず守れよ」


 あれか、お客は神様ってやつ。やっぱりどこのお店でも基本はそれなんだなあと、どこかしみじみ思っていると。


 「にしても藤崎、お前死ぬほど制服似合わないよなぁ。なんか、着せられてる感じすげえ」


 と、平野先輩が苦笑した。それについては、僕も感じずにはいられなかった。店の制服を着て鏡の前に立った時に、何とも言えないやるせなさが胸の内からこみ上げてきたものだ。


 「……やっぱり、平野先輩もそう思います?」


 僕はげんなりした顔で彼に聞いた。


 「ま、そのうち堂に入ってくるって。気にすんな藤崎」


 よく分からないフォローとともに肩にポンと手を置かれた僕は、苦し紛れに愛想笑いを返すことしかできなかった。


 「おいおい、そんな病人みたいな生気のない顔すんなよ。お客様には笑顔で対応しないとな!」


 彼はそう言うと、「じゃ、今日1日頑張ろうな!」と言い残してキッチンの奥に引っ込んでしまった。


 先輩にからかわれたことより、”病人みたいな生気のない顔”その言葉を聞いて、彼女の顔を思い出してしまったことを僕は少し後悔した。

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