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そのあとは何でもないような話をしながら一緒に桃を食べた。みずみずしくて美味しかった。吹っ切れて思考がクリアになったせいか、食べ物もよく喉を通った。
「なんか颯くん、お腹空いてない?」
と、大食いの彼女に言わせるほどには僕はそれはそれは美味しそうに桃を食べていたらしい。が、病人である彼女に気を遣わせるのも苦なので、僕は自身の食欲を慎むことを選んだ。
「その、余ってる桃は誰の?颯くんが持って帰るの?」
菜乃葉に渡したのとは別の紙袋を指差して、彼女は聞いてきた。
「あぁ、これは友達のお見舞いに。僕の中学時代の友達、今この病院に入院してるんだ」
「……颯くんって、友達いたの⁉︎」
「は⁉︎」
彼女が度肝を抜いたような顔で言うから、僕も驚いてしまう。
「だ、だって、颯くん散々言ってたじゃない!『友達は要らない。必要性がない』って」
「確かにそんなことも言ったけど、いないとは言ってないはずだよ?」
「言ったよはっきり!確かに聞いたもん」
そう言われると、そんなことを言ったような覚えがある。それに僕は、あの時はまだ、知らなかったんだ。
「……いや、あの時はそう思ってた。僕は1人だと思ってたし、またそれでも構わないと思ってた。独りでも、全然生きていけるって思ってた。でも、今は思うんだ。彼も、菜乃葉も、証梨も、みんな僕の大事な友達なんだって。君がいなければ、一生気づくことなんてなかったと思う。君が僕の友達になってくれたから、僕は彼が友達と呼べる存在なんだと気づけたんだ。そして、証梨とも友達になれた。こんな幸せなことはない。ありがとう、菜乃葉」
全て、僕の本音だった。彼女は真剣な顔つきで固まっていた。そして、しばらくして口を開く。
「……私、今の言葉忘れたくないな」
小さな声で、彼女はそう言った。いやに感傷的な口調に、僕はハッとした。分かっているはずなのに、忘れてしまう。彼女がアルツハイマーを患っていることなんて、本当はただの夢なんじゃないかとか、思ってしまう。それは彼女があまりにも無邪気で元気で明るいからだと、菜の花だからなんだと、思う。
「ありがとう。その言葉、一生大切にしたいな」
けれど彼女は、紛れもない病人だ。決して変わらない事実。僕は頭の奥の奥でその事実を理解して重く受け止めるべきなんだ。目を背けることも、その事実を消し去ることも、僕には許されなかった。
「……やだなぁ、颯くんったらしんみりしちゃってさ。ほら、その友達のところにもお見舞い行くんでしょ?あんまり長い時間ここにいると、すぐ面会終了時間になっちゃうよ」
彼女はそう言って、僕を追い立てる。……その真意も、僕は理解しなければならない。
「分かったよ。そろそろ帰る」
僕が重い腰を上げて立ち上がると、彼女はいよいよ泣きそうな顔になった。
「私、颯くんと友達になれて良かった」
消え入りそうな声。僕はその声に返事をせずに、ただ微笑だけを返した。彼女は、笑った。
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