16

 「席に着けー、試験始めるぞ。机の中に何も入っていないことを確認しろ、不正行為のないように……」


 週が明けて、火曜日の朝。期末試験一日目、一時限。試験科目は数学。


 「……始め」


 解答用紙をめくる音、ペンと机とが擦れるカリカリという音が幾重にも重なる。数学は彼女の不得意教科だから、僕は彼女を心配する。けど、僕も人のことばかり気にしてはいられない。自分の試験に集中しなくては。そう思い、僕は必死にペンを動かした。あぁ、この問題は菜乃葉がギャーギャー言いながらも必死に解いてた問題だ。彼女がこれを解けるようになるまで、結構時間がかかったなあ。そんなことを、つい考えてしまう。いけない、僕はいつの間に、物事を彼女中心に考えるようになったんだろうか。


***


 そうして、数学の試験が終わって、一日目の試験がすべて終わって。彼女が、にっこりと笑顔を浮かべながら僕の席にやってきた。


 「ねね、どうだった?数学できた?」


 「……そう言う君は?」


 僕が誤魔化し尋ねると、彼女は腕を組んで自慢げな顔をする。


 「ふっふっふ。今回ばかりは侮るなかれ。自信しかないね」


 「何の自信?」


 念のため聞いてみた。


 「赤点回避」


 おい。


 「……君には向上心っていうものがないの?」


僕は呆れながら返す。まぁ、彼女の回答はなんとなく予想できていたけど。ただ僕も、人のことを笑えるほど結果に自信があるわけではない。何より、彼女のせいでテストには全然集中できなかったし。


 「で、颯くんはどうなの?数学の手応え」


 僕は彼女と同様に腕を組んでみる。


 「……まずまずかな」


 「まずまず?えっと、まあまあ、って感じ?」


 見事「まずまず」の脳内変換に成功した彼女は、僕にそう尋ねてきた。僕はぎこちなく頷く。


 「うん、そんなところだ」


 「そっか。ま、どうせ私より高いんでしょうけど」


 つん、と彼女はそっぽを向きながら言う。


 「君に負けたら、夏休みは君の好きなところに出かけてあげよう」


 そんなことはさすがにないだろうなと思いながら僕はそんな大口をたたいた。


 「え、ホントに?言ったからね?もう、それをもっと早く言ってくれれば、勉強もっと頑張ったのに」


 彼女は一瞬顔を輝かせたけど、すぐにその菜の花をしおらせてしまった。


 「まぁ、勉強とは本来報酬を期待してやるようなものじゃないしね。もう高校生なんだから、勉強くらい自発的にやらなきゃ」


 僕が言うと、彼女はイタズラを叱られたガキみたいな顔をする。


 「はぁ、やだなー勉強。でもこれでもう数学とはおさらばだしね!残るは英語だけ!これさえ終わればあとはもう安泰だよ」


 「他の教科の勉強、ちゃんとしてるの?」


 僕は不安になって尋ねる。彼女は固まった。え、嘘だろ……。


 「……やったよ」


 細々とした声で彼女は言った。ダメだ、と僕は思った。この反応は、明らかに何もやっていない。


 「ねえ、良かったら今日の放課後、一緒に世界史の勉強でも」


 「それじゃあまた明日!お互いテスト頑張ろうね!」


 「あっ、おい……!」


 彼女は僕の誘いをふわりとかわして、小走りで教室を去っていった。かなり心配だけど、大丈夫だろうか。


 「藤崎、ちょっといいか?」


 僕を後ろから呼び止めたのは、証梨だった。


 「……証梨?」


 「話がある」


 彼女はいやに真剣な顔で言ってきた。


 「えっと、今?」


 失礼を承知で、僕は聞いた。テスト期間中という今、それほど急を要する話なのか、という意味で。


 「悪い、暇じゃないのは分かってる。でも、大事な話なんだ」


 菜乃葉の、話なんだ。


 彼女はそう言った。そのはっきりと僕の耳から脳内へ送り込まれた言葉が、僕の首を縦に動かしたんだと思う。


 「ちょっと、空き教室に来てほしい」

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