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「君が苦手なのは、確か数学と英語だったよね?」
「……そんなことよりさ、今度の週末どっか遊びに」
ドンッ、と僕が机に教科書を置くと、彼女は肩をピクッと震わせて口をつぐんだ。
「いい加減あきらめろ、蒼城菜乃葉。君はもう勉強する運命にしかない」
「……そんな堅いこと言わないで、颯くん。テストまでまだ時間はあるんだし」
僕は教室の机を2つ、向かい合わせるようにして配置した。
「君は中間試験の時もそう言って勉強を先延ばしにした結果、前日になって泣いていたんじゃなかった?」
「……仰るとおりです」
彼女がかしこまっているのは新鮮で、何だか面白かった。
放課後になって、僕は早速頭があまり冴えない彼女のために勉強会を開こうと考えた。もちろん彼女は乗り気ではない。彼女はしかめっ面をして、教室の窓の外を眺めている。
「さあ、早速始めよう」
僕が言うと、彼女はその面白い顔をこちらに向けて嫌味なことを言う。
「私が言う“仲良く”ってのは、勉強することじゃないよ?一緒にお出かけしたり、ご飯食べに行ったりすることだよ?」
「僕にとって、勉強が苦手な君に親切かつ丁寧に勉強を教えてあげることも"仲良し”な行為と言える」
「ふん、そういうのを屁理屈っていうんだよ、全く」
彼女はまたそっぽを向いて、窓に向かって盛大なため息をついた。仕方ない、ここは僕も譲歩するとしよう。
「勉強が終わったら、駅前のクレープ奢ってあげてもいいよ」
なぜ僕がここまでして彼女に勉強を教えなくてはいけないのか、はっきり言って僕自身もわからない。
「ホント?良いの?やった!」
彼女は都合よくこちらを振り向いた。そして、ようやく僕が用意した机に向かって、数学の教科書を開いた。
「しょうがないから、私もクレープの分ぐらいは勉強してあげてもいいよ」
「なんで君がそんなに偉そうなんだよ」
まぁ、それは今に始まったことではないけれど。
***
「で、ここはXの二乗だから……おい、蒼城菜乃葉。ノートに落書きするな」
先ほどからずっとこんな調子で、僕らの勉強は実は始まってから1時間たっても30分ほどの能率でしか進んでいない。
「……なんか、颯くんの声聞いてたら眠くなっちゃって。だから、眠くならないためにだよ?眠くならないために、あえてこうして落書きしてるの。おかわり?」
「小学生みたいな言い訳はやめろ。あと”お分かり?”をおかわりって言うのもやめろ、鼻につく」
僕が言うと、彼女は「あははっ」と笑う。本当にイライラする。
「言っただろ?期末試験まであと2週間もないんだって。頼むからもうちょっと真剣にやってくれ」
「……なんか、颯くん怒ってる?口調がちょっと、いつもより荒いような」
その通りだ。僕はイライラすると、かなり態度に出るタイプなのだ。
「そっか、颯くんはあまり怒らせちゃいけない人なのか」
あっけらかんと、彼女は言う。こういうとき、彼女は何かしら一物を抱えている。
「じゃ、怒りを鎮めるために甘いものでも食べに行こうか。さ、教科書を閉じて、颯くん」
全く、菜乃葉ときたら……と思ったけど、実は僕も結構お腹がすいてきていて彼女のことを注意できないぐらいには集中を欠いていた。だから僕は、仕方なく彼女に賛同した。
「まぁ、仕方ない。今日は初日だしね。大目に見て1時間で手を打ってあげよう。実際のところ、僕も君を相手にするのは疲れた」
「ホント?やったあ、言ってみるもんだね!クレープだー!」
現金に生気を取り戻した彼女は、無意識なのか鼻歌を歌いながら机上を片付け始めた。ときどき音が外れるのは、面白いから黙っておいた。
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