10
月曜日の昼休み。僕が自席で母お手製のお弁当を食べていると、購買で菓子パンを手に入れたらしい蒼城菜乃葉がいそいそとやってきた。
「やっほー、颯くん。お昼一緒に食べようよ」
「君がいるとうるさくてご飯に集中できないから嫌だ」
「ひっど!」
と口では言いつつも、なぜか彼女は楽しそうな顔をしている。その理由がわかったのは、彼女が開口してからだった。
「もうすぐ夏休みかぁ。ねえ颯くん、何して遊ぼっか」
「小学生じゃないんだから」
「約束したよね?“ずっと仲良く”って」
あれは……そういうことか。
「……分かったよ」
「ふふん、それでこそ颯くんだよ!じゃ、また計画立てて、決まったら連絡するね」
彼女がそう言い終えると同時に、彼女の隣に1人の女子生徒が立っていたことに僕は気づいた。
僕がその人の顔を見上げると、なぜかその人は僕を一瞥してから……。
菜乃葉の首根を、思いっきり掴んだ。
「おい菜乃葉ぁ。あんた黒崎先生に呼ばれてたよね?昼休み」
「あっ……あか、り…………!」
突然のことにびっくりしたけど、いつも優位な彼女が萎縮しているのがなんだか滑稽で、僕はその様子をしばらく観察していた。
「何見てんだよ、藤崎」
「いやっ、別に何も」
彼女の名前は、確か……
「おら、とっとと行け!」
「分かった、分かったから!」
菜乃葉の親友なのだろうということは、日々の彼女たちの馴れ合いを見ていれば大体分かる。
証梨は菜乃葉を追い立てたあと、なぜかまた僕を一瞥した。
「藤崎」
「な、何……?」
「菜乃葉、あんな感じだけどいいやつだから。だからまあ、仲良くしてやって」
そう言って、彼女は微笑んだ。へぇ、彼女もこんな顔をするんだ。
「……うん」
「にしてもあんた、男のくせに頼りないよねぇ。なんていうか、転んだら足の骨折れそう」
……彼女の中で僕はどれだけ最悪なイメージなんだろう。
「転んで膝の骨にヒビが入ったことはあるけどね」
「何それ、笑える。おじいちゃんかよ」
彼女はコロコロ笑った。
「藤崎って、案外面白いやつなんだね。知らなかった」
「僕はそんなに面白いこと言ってるつもりはないけどな」
「そういうとこ。菜乃葉が気にいるのもなんとなく分かるわ。あんたみたいなの、今まであまり会ったことないから」
そういえば、前にそんなことを菜乃葉も言っていた気がする。
「それじゃ、私は行くわ。お昼の邪魔しちゃ悪いし」
彼女は手をひらりと振ると、すぐに踵を返して去っていった。びっくりするくらい歩くスピードが速かった。せっかち、なんだろうか。
ほどなくして、菜乃葉は帰ってきた。
「ただいまー」
「先生はなんて?」
「ああ、進路相談みたいなのだよ。出席番号順にやるんだって。ほら、私“蒼城”だから1番最初で」
「ああ、なるほど」
彼女の進路。僕たちは今高校2年生で、来年には大学受験なり就職なんかを控えているけど、彼女は将来、何を望んでいるんだろう。お世辞にも勉強好きとは言えないし、かと言って就職先で仕事が真面目に務まるんだろうか。
「君は、将来の夢とかあるの?」
僕はそれとなく彼女に聞いてみた。彼女はうーんと腕を組んで考えてから、口を開いた。
「今まであんまり考えたことなかったなぁ。小学生の時は、“社長になりたい”って思ってた!」
「それは高望みだな」
「ちょっと、私が社長になれないって言うの?失礼しちゃう。ま、今はそんな抽象的な夢、嫌だって思うけどね」
確かに、高校生にもなって“社長になりたい”は夢見がちというか、非現実的というか。少なくとも、社長というのは一定数の努力なしになれるものではない。
「君の頭脳じゃ、社長になる以前の問題だろうし。まずは目の前の期末試験を片付けようか」
「うっ……その話を聞くと眩暈が……」
「ふざけてると勉強量2倍にするぞ。もうテストまで2週間切ったから、たくさん勉強しないといけないしね。僕たちは部活に入っていないわけだし、その分放課後もたくさん勉強できそうだ」
僕がニヤニヤしながら言うと、彼女の嘆きが教室中に響いた。
「そんな殺生な仕打ち耐えられないよー‼︎」
これは、とんだ笑い話だ。
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