8

 店内は、芳しい花々の匂いに満たされていた。色とりどりの色彩、僕には不似合いだ。存在自体がモノトーンの僕には。


 「うわぁ、かわいい……!」


 でも、彼女にはよく似合う。なぜだろう、彼女には本当に、花が似合う。名前が菜の花に似てるから?僕だって藤の名を持っている。それならやっぱり、彼女の雰囲気だろう。清楚で可憐。いや、明るくて快活な彼女の雰囲気。ついでに、整った目鼻立ち。それら全てが、彼女の存在をより一層花に近しいものにさせている。……のかもしれない。


 そうだったとして、やはり僕には分からない。なぜ彼女は、僕に構うのだろう。


 「見て見て!これ。シオンだ。かわいい」


 シオン。花言葉は、……なんだったかな。


 「……なんか颯くん、つまんない?お花屋さん、好きなんじゃないの?」


 何が僕をそうさせたのだろう。でも僕は、思った。謝らなければ。


 「ごめん、僕、ホントは花屋にあまり興味ないんだ。なんて言うか、本当に、僕に行きたいところなんてない」


 彼女はいつになく真剣な目で僕を見つめた。怒って……いるのだろうか。


 「うん。そうだろうなと思ったよ」


 「え……」


 「どうせ、たまたまお花屋さんが見えたから、とかそんなんでしょ?分かってるよ。颯くんだしね」


 「……ごめん」


 なんで、彼女には見透かされてしまうのだろう。彼女は一体、“何者”なのだろう。


 僕はずっと思っていた。彼女が身に纏う雰囲気は、どこか常人と違う。はっきりと明言できるわけでもないけど、僕はずっと、そう思っていた。


 彼女は、優しく微笑んで言った。


 「ううん。謝らなくていい。行きたいところがないなら、仕方ないし。むしろ、私は今日満足だよ。君が私のわがままに付き合ってくれて。飽きられちゃってもおかしくない、なんせ君だから。でも、私と一緒に歩いてくれた。美味しいものを一緒に食べてくれた。くだらない話に付き合ってくれた。私はそれだけで嬉しい。ありがとう、颯くん」


 何なんだよ……。僕は分からない。彼女の言葉の意味が分からない。彼女がなぜそんなことを言うのか、分からない。


 僕たちには約束された明日がある。なぜそんな、別れの時みたいな胡散臭いセリフをこの現実で吐けるんだ。アニメやドラマの見過ぎ?小説の読み過ぎ?少女漫画の読み過ぎ?


 「……君は」


 僕は、何を思ったんだろう。


 「ん?」


 何を思って、彼女にこんなことを言う気になったんだろう。


 「いなくなるのか?」


 実はずっと、僕は消化なんてしきれていない。彼女があの日、僕と初めて会話したあの日に吐いた言葉を忘れてなんかいない。


 『……自殺にちょうどいい場所を、探してるの』


 忘れられるものか、あんなセリフ。


 「……いなくなるって、何、転校みたいな……?」


 彼女の朝靄みたいな掴めない声が聞こえた。


 「……もう、颯くん、何を心配してんのさ!そんなわけないでしょ?転校だなんて。私はずっとここにいるよ?」


 じゃあ、なら何で君は、意味深なセリフを口にするんだ。


 「……そう。それならいい」


 僕は、まだ触れられないんだろうか。いつからこうして、彼女の心を探すようになったんだろう。


 「今日はもう、帰ろっか」


 彼女の声に、僕は顔を上げた。


 「そうだね」

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