5
彼女の行動はいつも突拍子なく、そしてだいたい僕を巻き込むかたちにある。
「そ、11時に西駅ね。オッケー?」
僕には分かる。彼女の「オッケー?」には、相手の意見を求める意味合いは一切含まれていない。少なくとも僕に対するものは。「自分はその旨をちゃんと伝えたから約束を果たしなさい」という、いわゆるただの念押しだ。
「今10時だよ。1時間で来いって言うの?」
僕は、電話越しの彼女にもきっと見えるであろう表情でため息をついた。
「私はもう支度してるから。ほら、急げ急げ!遅刻しちゃうぞ」
彼女は、鼓舞とも挑発ともとれる調子でそんなことを言った。……おそらく後者だ。
「支度してる、って。僕が断ったらどうするつもりなの?」
「断らないでしょ?」
僕は——……何も言わなかった。
太陽は今日も燦々と輝いて、対照にある僕を見下ろしている。彼女に無理やり連れ出されなければ、今日一日は見ることもなかっただろう光だ。キャップを深々と被り、駅前の謎のモニュメントの前で時刻を確認する。10時56分。彼女は、まだ来ない。スマホの画面を睨みながら彼女を待っていると、やがて聞き慣れた大きな声が耳に届いた。
「お待たせー、藤崎くん。早いね!」
「いや、僕も今さっき……」
言いながら、僕は顔を上げて彼女を見る。
「待ち合わせの3分前!さすが颯くん。良かった、約束守ってくれて。正直来てくれるかどうかすごい不安だったんだ」
本当に、彼女と過ごしているとごく稀にそういう時がある。言葉の端っこがブラックホールに吸い込まれて、じっと、彼女の顔に見入ってしまうことがある。見ていて、気づいた。休日に僕らが会うのは、初めてだった。当然、オシャレをしている彼女を見るのも初めてだった。
「颯くん、どうしたの?もしかして、見惚れちゃった?」
「……いやっ、まさか」
「えー?怪しいなぁ」
彼女はいつかと同じように、にこにこと目を細めて口角を上げた。
「ていうか、支度してる、とか言ってたよね?何で僕より遅いのさ」
僕は何とか平常を手に入れ、それを抱えて離さないようにした。彼女は、一瞬言葉に詰まってから、早口で捲し立てる。
「っ……女の子は、オシャレに時間がかかるものなの!いいでしょ?ちゃんと時間には間に合ってるもん」
「それもそうか。そういえば、今日はどこに行くの?」
何も心の準備をしていなかった、と言えば嘘になる。僕は、ある程度身構えていた。先日彼女の誘いを断ってからの、土曜日、朝の突然の電話。誘いを断られた腹いせに、休日に僕をあっちへこっちへ振り回してやろう。なんなら荷物係にでもしてやろう。みたいな、そんな企みが彼女の胸の中に眠っているのではないかと、勘繰っていた。
が、そんな僕の浅はかな予想など、彼女の前では灰塵と化す。
「じゃ、焼き肉行こっか」
「は、焼き肉?」
非があるのは、僕だと言ってもいい。こうなることを予想できなかった、僕が悪いのだと言われればそれで頷こう。
「うん、焼き肉。はー、お腹空いた!」
満面の笑みで、彼女は言った。
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