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「あのさ、ずっと気になってたんだけど」
僕は歩みを進めて額に汗を浮かべながら、少しばかり声を張り上げた。廊下を道行く生徒は、彼女には目を向けるけどこんなに頑張っている僕をまるで気にしない。
彼女は後ろ手に手を組んで、「んー?」と高い声を返した。僕の方を振り向きもせずに。
「君はどうして、部活に入らないの?」
彼女は、しばらく沈黙していた。僕は割と辛抱強い方だと自負している。だから、気ままな彼女の言動にも我慢できるのだ。一応。
「……飽きっぽいからさ」
独り言みたいに、彼女は言った。けど、普段の彼女の声量は著しく大きいので、少し離れた僕の耳にもその声はしっかりと届いた。
「“飽きっぽい”?」
耳に届いたからと言って、それが100パーセント理解に繋がるかと聞かれたらそうではない。僕は、彼女の解答に首を傾げた。彼女が“飽きっぽい”人間だったとして、それと部活に入らないことと何の関係があるのか、僕には解らなかったからだ。
「部活に入ったとして、合わないなって思って。そしたら、辞めなきゃならないでしょ?それは嫌なの。元から席が用意されてないのは構わない。でも、用意されていた席が空席になるのは嫌なんだ」
彼女の比喩表現は、まぁなんとなく分かった。分かった、のだけど……。
「なぁ、いくら飽きっぽくても、部活辞めたいくらい嫌だって思うことある?」
飽きたからと言って部活を辞めるなんて、なんだかそんなのは子供みたいだ。もういい歳した高校生なのだから、子供との区別くらいつけたいものだ。
「私は飽きっぽいの最上級なのです。それに、……誰にも気づかれないように消えたいから」
「……は?」
「ううん、なんでもない。行こうか」
彼女は時々、意味深なセリフを吐く。そして、決まってそのあとに「何でもない」と言うのだ。何でもあるだろ、と思うんだけど、問い詰めるのも面倒なので僕はそれきり黙ることにしている。なんとなく、彼女が「何でもない」と言うときは、「これ以上踏み込むな」と言われている気がするからだ。
僕は疲弊しながら言った。
「ていうか、菜乃葉」
「なぁに?」
ようやく、彼女はこちらを振り返った。それにならって、彼女の長い黒髪も風に翻った。彼女の色濃く濡れた印象的な眼差しが、まっすぐ僕を捉える。
僕はもう、我慢できなかった。
「……行こうか、って。君は身軽だからいいけどさ。僕はクラスの全員分のノートを持ってるんだよ?少しは持ってくれたっていいだろ」
僕が反旗を翻すと、彼女は声のトーンを半音くらい上げて、
「やだっ、颯くんったら。女の子に重いもの持たせる気⁉︎」
と憎たらしいセリフを口にし、ニヤリと口角を上げた。
「……もういい。期末試験は僕、あいにく忙しいんだ。申し訳ないけど、一人で頑張って」
僕は、彼女の試験勉強の手伝いという役目を放棄した。これにはさすがの彼女も逆らえないようで、今度は僕が口角を上げる番だった。
「え、うそ。いや、ちょっと待って。それは無いって!分かった、半分持つから。あ、やっぱり3分の1。いや、4分の1?」
「おい」
彼女は僕のところへ小走りで戻ってきた。風の中にあるような、太陽みたいに柔らかい匂いがした。彼女は、「じゃ、10冊ね」と本当に4分の1だけノートを持って、僕のすぐ先を歩いた。
窓の外では、蝉がやかましく騒いでいた。僕が彼女の尻に敷かれてる、だって?全く、蝉のくせに僕を揶揄するのはやめてくれ。
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