シオン
夜海ルネ
黄色のゼラニウム
1
彼女の手紙の内容は、僕を感動させるものでも泣かせるものでもなかった。ただ、「そうだよな」と思った。
彼女が僕に宛てて書いた手紙は、ただ謝罪の言葉をつらつらと並べた文章で、それは僕の心に明らかな重みをもってずしんとのしかかる。
分かっていたはずだった。けれどやっぱり、僕はショックみたいなものを感じていた。僕はまだ、彼女のことをあきらめきれてはいないわけで。
彼女は何を思ってこの手紙を遺したのだろう。今となってはもう、その真意も聞くことができない。
***
藤崎颯くんへ
手紙、読んでくれてありがとう。改まって手紙書くのって難しいね。それになんか、恥ずかしい(笑)。
いざ書き始めると、書こうと思ってたことが一瞬で頭から消えていく。私だから?って思ったけど、もしかしたら皆そんなものなのかも。
まずは、謝らなきゃいけないよね。ごめんなさい。君は、謝らなくていい、とか言ってくれるかもしれない。けど、私は謝らなきゃいけない。君が私を心配してくれたのも、ちゃんと、向き合うべきだったのに。
それを無視して、ごまかして、嘘ついて、騙した。……最低だよね。颯くんがどう思うかとか、傷つくんじゃないかとか、そういうの、言われるまで全然気づいてなかったんだ。はは、書きながら最低だなって思うよ。
私は、君を知るたび、君と話すたび、君と仲良くなるたび、君が大切になっていくたび、自分の中の醜い自分をどんどん知っていった。あぁ、君がこんなにもまっすぐぶつかってきてくれるのに、私は、って。それも当然なんだと思う。それはきっと、今まで颯くんを傷つけてきた報いなんだと思ってる。
颯くんが私のことを心配したり怒ったりしてくれて。それが私は、泣いちゃうくらいうれしかったんだ。この人は私がこんな人間だって知っても、こうして一緒にいてくれるんだって思うと、嬉しいのに涙が止まらなかったんだ。
だからこそ、気づいてあげられなくてごめん。颯くんだって辛いはずなのに、私は自分だけがつらくてかわいそうなんだって、勝手に決めつけてたの。
あぁ、私ってホント、ダメだなぁ。いっつもいっつも、空回りばっかりで。颯くんにも、いっぱいひどいこと言ったね。……ごめんね。って、遅すぎるか。でも、もう私の声帯はそっちにはないから。こういうこと、面と向かって言えないのも、情けないんだ。ごめんなさい。
本当のことを言うと、私はずっと思ってた。
颯くんと出会わなければ良かったのにって、ずっと思ってた。
***
はっと目を覚ますと、そこは僕の部屋だった。何か、夢を見ていた気がする。何の夢だったのかは、ぼんやりと靄がかかったように思い出せない。……いいや、本当は気づいている。僕はきっと、彼女の夢を見ていたのだと。
まだ寝ぼけたままの状態で、はっきりしていることがひとつだけ。僕が彼女に触れられるのは、夢の中だけということ。目を覚ましたら、もうそこに彼女はいないこと。僕の生きるこの世界に、もう彼女はいないこと。
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