9話 「やったれええええええい!」
「よし……今日こそ近海の主を捕まえよう!」
「やったれええええええい!」
――帝国兵士の襲撃から数日。あたし達は特に移動することもなくそのまま、丘と家周辺を探索しつつ……今日の食料を調達していた。
拠点はあそこだが、今日は少し遠出をして捜索範囲を広げるらしい。だから、道中お弁当的なものを作ろう……というのがライカの提案だった。
帝国兵……あいつらに関しては心配しなくていい……二度とここに来ることはないだろう、と。
断言するライカだったけど……
確かにあの兵士らはかなりの下っ端だろうし、ライカに心底ビビっていたけど、本当に大丈夫だろうか……
あたしの顔も見られたし……と、心配するあたしに、
「少しでも奴らの影が見えたら退散しようじゃないか! ここは見通しもいい……安心したまえ君には指一本触れさせんよ!」
ノーテンキに海から顔だけ出して。頭の上には〝ゾンブ〟が乗っかっているライカを見ていると、杞憂でしかない気がしてきた。
*
「海の幸もいいけど……山の幸もいいよなあ!」
「趣向を変えるのはいいかもしれない……ああいうのはどうだろう!」
――お弁当。ライカが背負っているでっかいバケツに蓋がしてあるような武骨って言うか、シュールな入れ物が弁当箱……ということになるのだけど。
そこに、即席で調理した食材を仕分けして収めていく。かなりワイルドなお弁当が出来上がりそうだ。
「あれは……ラツボックリにボングリ……? あんなもん食べれるのかよ?」
「おいおい、貴重な炭水化物じゃないか! そういえば君がここに来てからああいうのは食べて無かったな……よし、ここはひとつ、ライカ先生の楽しいお料理教室だ!」
言ってライカは手際よく――ラツボックリを拾って、地面に広げた木の板(これもライカが持ってきたものだ……主にまな板代わりに使ってる)にそれを置いて……
そしてどんぐりも一緒に何個か置いて。
「はああああああ!」
「うおっ……」
そして。ライカが持っていた小刀でそれを凄い勢いで叩いて……二つの木の実はあっという間に、粉々になって、砂粒どころか砂糖とか塩とか、いや小麦粉とか……滑らかなくらいに粉砕されていく。
「す、すげえ……すげえぜライカ! 料理の達人みたいに見える!」
「ふっ……まだまだここからが真骨頂さ!」
「!」
そしてライカはその場で飛び上がって――木の板の端に体重をかけるように着地すると、粉が飛び散って――それは彼女が持っていた風呂敷にぶわああ、と全部入っていく。
そしてライカは風呂敷に入った粉に、もってきた水を混ぜて……
「あとは焼こうか」
……なんか普通のテンションに戻って、やり遂げたみたいな顔をして言ったのだった。
「ラツボックリとボングリのビスケット……まあ、うまいのか? なんというか、砂糖でもあれば本当にありがたいんだけど……」
「塩ならあるが?」
「塩分とりすぎだろよ!」
「それ以上に水を飲めばいいのさ!」
んぐ……んぐ、と持ってきた水を飲むライカ……本人は自分のことを汗っかきだと言ってるけど、それ、これが原因じゃないだろうか。ライカはきっと酒もたくさん飲むに違いない。
「さて……」
そうして一通り弁当を作り終えて。ライカが棒切れを持って地面に線を書き始めた。
元教師だからか、棒切れを持つと何か地面にものを書きたがるのがライカだった……あたしは棒を持つと振り回したくなるタチだけど……。
それも、最近は木刀を振ってるから、棒切れは別に今気分じゃない。
「ここが現在地。今日はここまで探索してみよう」
「おー!」
ライカが描いていたのは簡易地図だ。
そして指したのは、これまで行ったところがない場所である。基本ここらはずっと砂浜か、でなければ切り立った崖か、なぜか物哀しい雰囲気の草原や、でなければ枯れた大地が続いてるだけで……殺風景な場所ばっかりなんだけど。
ライカが指した場所を見るに、ここは――
*
「洞窟……?」
「ああそうさ。海の洞窟……この時間は干潮になってね。海水が引くから、我々も入ることができる」
――あたしらがやってきたのは、海の洞窟だった。切り立った崖の上ではなく、下……そこに隠れるように、大きな穴が開いていて、あたし達はほんのついさっきまで海水に浸かっていた浜へと下りて、ここまでやってきた。
「な……なんかこええな。暗いし……」
「……おや? おやおや、スイナくんはお化けが不得手かい? 勇ましい女の子なのに……意外だなあ」
「こ……こここ、こわくねえし! あたしの婆ちゃんがよく言ってたよ! 幽霊なんかより人間の方が100倍は怖いってさ!」
「ほう、それは……賢明なおばあ様だね。深いことを言う」
くつくつ、と。何がおかしいのか分からないけど、ライカは笑って先導し始める。手には内陽灯(フリフト)を持ってるから明かりはばっちりだけど……っていうか、こんなところに他のみんなはいないと思うんだけど、ライカはなんでこんなところを探すんだろうか。
「……って、え……」
――すると。
急に視界が拓いて――足が思わず止まってしまう。だってこれは……内陽灯じゃない、そんな明るさじゃなくて……もっと不規則で、でも力強い不思議な――
「すっげ……なんだ……これ……」
「綺麗だろう?」
あたしたちの目の前には――魚が宙を泳いでいた。
いや、魚が宙を泳いでるというか……洞窟の奥では透明な、限りなく透明な海水が溜まっている水溜りみたいな場所があって……そこで光る魚が泳いでいて――その魚が、今この瞬間も……あたし達が洞窟に入って来てからずっと、独特の色彩を持った光で周囲をいっぱいに照らしてるのだった。
「え……うわ……」
よく見ると。魚だけじゃない、この水たまりにいる、他の小さな生物……名前も知らない、ちょっと可愛らしい稚魚や、十三本も足があるラカ……それより一本、足が少ないユコ……ナメンボやリュウノオトシゴまで……まんべんなくいろんな生き物たちが輝いていて、それは幻想的で……なんていうか、山育ちの私には考えられない摩訶不思議な光景だった。
「……この洞窟にはね、特殊な微生物が生息していて……それが、この水たまりに繁殖しているんだ。この海の生き物たちは、その微生物を食そうと水たまりに集まって……パクリと食べていく」
「…………」
「するとだ。微生物は体内から化学発光を起こし……この水たまりから出た生き物を、海の中において見つけやすい、光るお魚さんにしてしまう。そしてまた別のお魚さんに見つかって彼らは食べられて……そうやって微生物の生息範囲はどんどん広がっていく、というわけさ」
「……なんか、生き物してるって感じだなあ」
あたしはほう、とため息をつく。これ、ものすごく綺麗だけど……実態……その意味を知ると、何とも言えない気持ちになる。
「美しい花にはトゲがある……なんてね。ふふ、酸いも甘いも与えるのが教育なのさ!」
そう言ってひとすくい……水たまりに手を突っ込んだライカは――それを、洞窟の壁に投げつけるように……腕を振った。
「わ、わああああ……」
するとどうだろう。今度は壁が光って……まるで、洞窟の中に小さな夜空が出来たみたいで……
「星がいっぱいあるみてえ……」
「それもたくさんの流れ星だ!」
微生物は水滴に含まれている……だから、壁に投げた水滴は、そのまま滴り落ちて、それが、光った星々がどんどんと降り注いでいく……そんな光景に見えた。
「な、なんか……いいなこういうの! あたし……絶対この光景忘れないようにするよ!」
素直な感動。
本当に……心が動かされた感じがした。それは、あたしの故郷の空と少し似ている景色だったから。
「あ……」
と同時に、ライカがわざわざこんなところにあたしを連れてきてくれた理由に、ふと思い当たった。
ライカは……
どんな時も……あたしを元気づけようとしてくれてるんだ。
友達がいなくなって不安で……、あいつらの無事が……時折信じられなくなりそうになる弱いあたしを……つい逃げ出しそうになるあたしの心を。
この場所で――ちゃんと立てるようにつなぎとめようとしてくれてるんだ。
「…………」
じわり、と。何か言葉に出来ない感情が、あたしの中を通り抜けていった。
「ライカ……」
「ん……?」
「今日も捜索してさ……そのあと、稽古をつけてもらったらさ……聞いてもらいたいことがあるんだ」
「…………」
「聞いてもらいたい……いや違うな、ライカに見てもらいたいこと……かな」
「……」
「心の呪い……心眼の力でさ、あたしの心を覗いてよ」
――だから私は。
もう退いちゃいけないと思った。今の今まで、あたしのどこかに……ずっと居座り続けて、見え隠れしていた何か……あたしの記憶。
あたしは……何かを忘れている。それはきっと、このまま……目を逸らしていてはいけないもの。
思い出そうとするだけで、胸がかきむしられるような……吐き気がするくらい……悪寒が全身を襲うくらい、何か、それは恐いなにか、なんだけど……
それはきっと、あたしの脳の裏にこびりついて、きっと、正面から向き合わないことには一生離れてくれない。
そんな……予感がした。
だからあたしは、自分でもそれが何なのか分からないまま、ライカの目を見据える。
彼女の瞳は――あたしと同じ黒い瞳で、でもその中にはあたしの姿がちゃんと映っていて。
ライカはあたしの言葉にただ――こくりと頷いてくれたのだった。
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