8話 「あ、あんがと……」


「ライカ……ちょっと話がしたいんだけど、いいか?」

「なんだい畏まって。ほら、かけたまえ!」

「あ、あんがと……」


 ……その日。

 その日のあたし達は、周囲の探索を遅めに終えて、家に帰って海鮮スープを飲み干して、あたしの故郷の遊び……『ロウギ』っていうボードゲームをしているところだった。王と兵、他、いろんな動きをするコマたちを遣って、相手の王を取るゲーム……

 あたしが言ったらライカはぱぱっとボードとコマを作っちまって……、ライカは一回もしたことない見たことも聞いたこともないゲームだって言ってたのに、一回目から勝てなくて、うがー! という気持ちになってたところで……


「…………」


 なんか、馬鹿みたいだけど、ライカに話したい……とあたしは思ってしまった。

 それは、あたし自身の話。

 あたしがどんな風に生きて……どんなふうにここにたどり着いて、そして……これから、友達をちゃんと見つけてどうしたいのか。

 それを今、話しておかないといけない気がした。

 でないと、あたし自身……よく分からないけど、不安になりそうだったから。ちゃんとライカに伝えて……それが現実として、目的としてはっきりしないと……曖昧なまま、なにもかも消えちゃいそうな……

「…………」

 ライカは黙ってあたしが話し出すのを待ってくれている。そうだ……あたしはきっと、ビビっちまってるんだ。心の奥底で……あいつらが見つからないんじゃないかって。だから、それが嘘だって言うように……あいつらの……あたしの、これまでの話をしたいんだ。

「あのな……ライカ――あたしはこっから結構遠い国で生まれたんだ」

「……うん」

「それでな――」



「スイナあ! 早く早く! お祭り終わっちゃうじゃない!」

「あれ……あれ見ましょうよ。紙芝居……」

「えー、退屈だよ! それよりスイスイー、あっちでランゴ飴作ってるから食べまくろうぜー」

「あんたはそればかっりね!」

「なにおうー!」


「……あ、どうだった? スイナ……お祭り楽しかった? お友達と行ってきたんでしょ?」

「あんまり食い過ぎて母さんのご飯食べられないってのはなしだぞー」



「…………あたし、あたしの故郷は……あたしのいた村はみんな仲良くてさ。毎日……楽しかった。別に金持ちってわけじゃないんだけどさ……友達もたくさんいて、毎日飽きなくて……それに、学校も……ちょっとだけだけど、通ってみた日もあったり……」

「……」

 あたしは……自分の記憶をどうにかこうにか掘り返すように言葉を続ける。楽しかった毎日……ずっと繰り返していく、いつも通りだった日常……

 いい思い出ばっかりだったのに、今はそれが凄く遠くて。

 ちょっとだけ話すのに躓きそうになる。



「……こらー! クルセさん! また学校さぼってこんなところで! お母さんとお父さんにいいつけますよ!」

「へへーん! 別にいいもーん! あたしは自由だぜセンセー!」

「確かにクルセさんはじっとしてるのが苦手だから……退屈かもしれませんけど……学校も実は楽しいこといっぱいあるんですよ?」

「へー……どんな?」



「…………」

「あたし……先生をいつも困らせてばっかりだったな……問題児ってやつ。村の小学校だったんだけど、たまに授業に出てはすぐに窓から飛び出して……他の奴らも巻き込んで。でも……先生優しかった。怒ってもさ……全然こわくないでやんの。ライカと同じくらい気のいい人だったよ」

「…………」

「先生が言ってたな、学校の面白さってやつ。学校ってのはね、人を見る場なんだって。小さな村みたいに、色んな人間が集まってて……それもまだ小さい子供だから色々未熟なんだけど。お互いの良いところや悪いところをちゃんと見ようとすると、新しい発見があって世界が広がるって……はは、まだあたしにはよくわかんないんだけどさ」

「…………」

「でも――村も……いや、あたしの国は……帝国と戦争になって……やられちまった。あたしの村のみんなも……たくさん殺されて……それでさ……」



「たすけてええええ、たすけて、こわいよおおお」

「うあーん! うあーん……」

「ここどこ? 暗い……何も見えないよ……どこに運ばれてるの……」

「いっぱい……いっぱい子供たちが……ここ、子供しかいない、みんな……離れないで固まって……」

「揺れてる……馬車? 船……」

「うっうっう……もういやだあああああああああああああ」



「……そんで、あたし達敗戦国の孤児は……あとは他の国からも奴隷とか色々さ……帝国に捕まって、ここまで輸送されてきたんだ。みんな不安だった……不安で怖くて……それなのに……」



「いや、いや、消えちゃう……っ」

「おいやめろよ! 死んじまうんだろ、そこを通ると……さっき見たじゃんかよ!」

「これは……大断崖攻略なんだよ。失敗と成功の繰り返しだ……何度でも何度でも、この見えない迷路を抜けるために私たちは君たちを送り出さなくてはいけない……非常に心苦しいがね」

「っそんなことして……なんになるんだよおおおお!」

「……喜びなさい、今日君たちは生き延びた。明日は……ちょっと我々には分からないけどね」

「……っふざけ…………っ!」



「……大断崖攻略。それぞれが船に乗せられて……あたし達は海の上にほっぽり出されてさ、生きるか死ぬかをやらされるんだ。毎日毎日……消失線に触れるか触れないか。消失線の正確な位置を調べるために何度も何度も……途中で気が狂っちまった奴らもいた……でもあたしは思うんだ。狂ってるのは帝国の、あいつらの方だって……」

「…………」

「それで……あたし達は逃げ出そうって、必死で計画を立てた。似合わない眼鏡をかけてるさ……あたしの親友がいるんだけど。そいつ、すごいんだよ。すごく頭が回る奴で……そいつのおかげで、警備兵の位置や船の操作もちゃんと調べられて……あたしたちは、帝国の港からあの日、逃げ出すことに成功した……でも、すぐに帝国は追いかけてきて……帝国の船には呪言遣いも乗ってた……それに、あの男も……」

「あの男……?」

……だよ。あいつが多分、この大断崖攻略を指揮してたんだ。なんか周りの帝国兵もヘコヘコしてたし……その割にはまだ若い男だったけど……」

「…………」

「それで、後ろからやられた。船を呪言でぶっ壊された……あたし、あたしは……そこからの記憶がなくて……気づいたら、この浜に、あたしだけ打ち上げられてて……」

「…………」

「っ……!」

「…………スイナくん?」

 っ……まただ……あの、船のことを思い出そうとすると、頭が痛くなって……あたしの心臓が、すこし軋む……なんだ、なんなんだよこれ……

「大丈夫かい……?」

「うん……大丈夫!」

 心配して顔を覗き込んでくるライカに、あたしは片手で返事をする。うん……息苦しいけど、たぶん、大丈夫そうだ……まだ、本調子じゃないのかもしれない……

「……そんで、あとはライカと会ってさ……ほんと、ライカに感謝してるんだあたし」

「なんだよ水臭いな! 私と君の仲じゃないか!」

「……教師と生徒? 大人と子供?」

「総じてマブダチ……かな!?」

 はははっと口を開けてライカが笑う。やっぱり、ライカが少し喋るだけで、部屋全体が明るくあったかくなる感じがする。この雰囲気があたしは好きだった。

「…………」

 そして同時に、この雰囲気にいると、あたしは時々……ぞくり、とすることがある。

 なにか…………そんな不安に襲われるのだ。

 まだ他のみんなを見つけられてない。この国から逃げ出せてない。だからまだ、幸せじゃないけど……今の私にとっては、ライカと一緒にいることだけでも十分に感じてしまって、その十分が崩れてしまう怖さ……いや違う、この十分に自分が相応しくないような……くそ、ダメだ、やっぱりうまくこの感情を……形に出来ない。

 ただ、もやもやと……違和感だけが吹き溜まっていくような……言いようのない不穏……不安……

「そうか……やっぱりな」

「…………?」

 ――そうやって。一通り話し終えたあたしの前に、新しい海藻スープを置いてくれると……ライカは黒板を背に寄りかかるようにして。

「やっぱり、スイナと私は少しだけ似てるな」とかすかにほほ笑んだ。

 それはいつもの笑い方とは違う、ちょっと眉根を寄せて、困ったような……そんなライカにしては静かすぎる笑い方で――

「……?」

 首を傾げるあたしに、ライカが口を開く。なにかを言いかけようとして――


「…………?」

「……」

 ――そして。瞬間ノックの音が部屋に響き渡った。


「…………」

 時刻はとっくに、夜も夜。月は半ば黒い雲に身を隠して、海はさざ波……魚の跳ねる音すらなく静まり返っている。

 こんな時刻にここにやってくる来客は――

「誰か住んでいるのか、ここを開けろ」

「帝国軍の者だ」

「―――!」

 ぞわり。と。びくり、と意図せず体が跳ねてしまう。

 怖いんじゃない、ただ……嫌なんだ。またあの場所に連れ戻されるのが……いや違う、もうライカに会えなくなってしまうのが……たまらなく嫌なんだ。

 なのに、なんで。ここは帝国領内じゃない、なんでここまで来てるんだこいつら……!


「しー……」

「!?」


 かちかちと。背筋を、顔を冷たい汗がつたう私に、ライカは――ライカはあまりにも。不自然なくらい涼しすぎる表情をあたしにして、そばにある……一振りの剣を……その腰に収めた。

 まさか……ライカ、ライカ……戦うつもりなのか?

「だ、だめ……ライカ……ライカが死んじゃう……」

「……おや? それはちょっと心外だな……スイナくんは私の鍛錬を見てくれていただろう? というか、君がそこらの帝国兵士よりは強い……と言ってくれたんじゃないか」

「で、でも……」

 たしかにライカの動きはすごい。多分きっと、かなり強いんだろうと思う……でも、相手は帝国の兵士だ。

 個ではなく、全体という見方で考えないといけない。一人一人はそれほどでもなくても……今ここで倒してしまえば、次はもっと数が集まってしまう。それに、外の声は三人……だと思うけど、その中に一人でも呪言遣いが混じっていたら……ライカは、呪言をろくに使えない。魔礎を遣って体を強くすると言っても……剣で魔法を相手にするのは……

「まあ、見ていてくれたまえよ」

「…………!」

 あたしの脳裏に、大嵐の日、帝国から逃げていた時の……船を背後から壊された時のことがフラッシュバックする。や、やっぱりあんなの……剣一本でなんて……

 ……ライカが行ってしまう。ドアを開けてしまう。二人で今すぐ窓から出て逃げるのが正解――そう言おうとしたあたしの口は、直後の衝撃音でまた閉ざされた。


 ゴ、と。


 なにか、硬いものを割るような……氷を細いキリで穴をあけるような音がしたかと思うと――

「…………!?」

 兵士の一人の体が……

 今……なにをしたんだ!? 剣の柄を……兵士の顎をかちあげるみたいに当てて、ぶっ飛ばし――

「なっ……」

「きさ…………!」

 残る二人の兵士に。今度はライカは剣すら抜かない!

 身を低くして二人の四つ足を膝裏から水面蹴りで薙ぎ払ったかと思うと――


 ガ、ギョ、と。


 ゆっくりと――緩慢だとさえ思ってしまう動作で立ち上がって、つま先を二人の顔面に蹴り込んだ――うへえ、いったそ……

「ぷ、

「ぎゃ…………

 ――、兵士らのうち、1人の意識はすでに彼方へ飛び去って、もう一人は意識混濁、ぎりぎり自我を保っている、という状態のようだった。

 最初にぶっ飛ばされた兵士は奥でピクピクとリズム良く痙攣していて、完全にノックダウン――って……


「すげ……つよ……」


 ……まさか。剣を遣わずに、明らかに手を抜いているような動きで……女の人が大の男三人を一瞬で制圧するなんて。

 その光景に、あたしはなんというか、素直に感嘆してしまう。

「ライカ……つよくね……?」

「あっはっは! 体を鍛えてる甲斐があったかな!?」

 あたしの言葉に豪快に笑い返して、ライカは改めて、辛うじて意識がある兵士のほうに向きなおる

「ひっ……」

「……?」

 なんか……ライカがそっちを向いただけでひどく兵士が怯えだしたけど、ライカ……もしかしてなんか、凄い怖い顔とかしてるんだろうか……

「さて、君たちに聞きたいことがある。誰の命令でここまできた」

「い、いぶあ……、ぼ、俺たちは――」

「だれのめいれいで、 ここまできた?」

「………………」

「…………?」

 ぼそぼそ、と。小さな声でやり取りしてるので後半が聞こえなかった、なんだ。何を話してるんだろう……

「……そうか」

 ……やがて。それは時間にして数十秒程度だったけど、兵士と話し終えたのだろう、ライカがかがめていた腰をさすりながら立ち上がる。そして――


「さあ、殺しましょうよ、ねえねえねえ……」

「…………!」

「え……」


 ライカが……今度は剣を抜いて……その切っ先を、意識がある兵士に向ける。

「ひ……び……やめて、命、だけは……」

「……はあ? 別にいいでしょう? あなたも兵士なんだからそれくらいの覚悟はしてきてるわよね? ね? ねー……」 

「あ……!」

 これは……この喋り方は……――

「ライコ‼」

「んー?」


そう叫んだあたしの声に振り向いたのは、ライカとそっくりな顔――でも、やっぱり、その表情はライカと似ても似つかない、ただ、薄皮一枚に凶暴で横暴な性格を隠した――

「あーあなた、いたの……この前殺し損ねた……ま、今はどうでもいいけど……って……」

「ふざけるな……消えろ、さっさと!」

「―――!」

 ……今度は。今のは、多分ライカだ。また……最初に見たあの時みたいに、ライカとライコが――

「消えないわよ。だってあなた……こいつらを殺したいんでしょう? でも出来ない……この子供の前だから? だからわたしが代わりにやってあげる。ねえねえ、だから邪魔しないで? ねーねーねー……」

「う、るさい……誰もお前なんかを呼んでいない。さっさと消えろ……呪い! 呪いごときが……」

「……ひどいなあ? 名前すら呼んでくれないの? 挙句の果てには呪い呼ばわり? いつも言ってるじゃない。わたしは貴方、貴方は私――」

「だ、ま……れ……」

「っ…………」

 ライカとライコが……せめぎ合ってる。それは分かる……けど、今日はなぜかライコが優勢……随分押してるように見える? なんで……なんで? 

「ひ、ひい…………」

「あはは……あは……」

 そして。悲鳴をあげる兵士の方をぐるんと向き直るライ……コ。

「……!」

 もし……もしかして、帝国の兵士がいるから……ライコが……ライコの殺したいって気持ちが膨らんで……だったら!

「早くどっか行け! お前ら!」

「っ……」

 あたしはライコの腰に抱き着いて、兵士に叫び声をあげる。でも立てないのか、体もろくに動かないのか……そいつは逃げるそぶりも見せない。

「あら……あなたは帝国を恨んでるんじゃないの? こいつらを殺したがってるって……あなたもこちら側だとわたし思ってたのよ? ね?」

「っ……心の呪い……ライコ。なんでお前がライカを乗っ取りたがってるのか分からないけど……ライカは人殺しをしたがるような人じゃない。勝手にライカの気持ちを語るなよ!」

「……なーんか、勘違いされてるわ、ねー……」

 うーん、と。困ったような顔をしてライコは――あたしを突き飛ばす。

「がっ……」

「……私はただの本心なの、よ? 自分を押し殺してる本物よりも、自分をさらけ出した偽物の方がずっと本物じみてると思うけど……」

「……?」

「なんだか萎えたわ」

「―――ッ」


 かは……っと。

 直後、大きく彼女の瞳が開いて――


「い、スイナくん……大丈夫かい!? 怪我はないか!?」

「あ……当たり前じゃん!」

 ――あたしは、ライカが帰ってきたのだとほっとする。もういつも通りのライカだ。表情も仕草も……なにもかも。

「…………」

 そしてライカは――半ば抜いていた自分の剣を収めて。

「そいつらも連れていけ。私たちの前から去れ」

 兵士を一瞥して、ドアを閉じる。声色は冷たかったけど……そこに殺意とか、黒い感情は感じられない……なんというか、ライカらしい態度だった。

「……」

 そして。

 ひい、ひい……と。だんだん荒い呼吸音が遠ざかっていく。窓から見ると、残った二人の兵士を両肩に抱えて、離れていく帝国兵が見えた。

「なんていうか……情けないな」

「あんなものだ」

 それを見て。

 ふっとあたし達は笑い合う。あの頃……大断崖攻略をさせられていた頃。あたしは帝国の兵士がまるでこの世のものじゃない悪魔みたいに見えて……正直、くそったれって、怖かった……でも今は。なんてことない、大したことない連中に思えて……

 それもこれも、ライカと過ごしたから……ちょっとだけ、あたしも肝が据わったのかもしれない。

「……ありがとう」

 またちょっとだけ部屋に静寂が訪れて。

 そしてライカがぽそりとあたしにお礼を言った。

 それにあたしは黒板にあるチョークを拾って……

「水くせ――って!」

 ライカに向かって投げた。

 白い粉もライカの頭にかかって……ライカは「こら!」って笑って……


 あたし達は改めて爆笑したんだ




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