5話 「ありがてーぜ!」


「――ふう、ふう……!」

「あっはっは、中々筋がいいなスイナくん! だけどもう少し持ち手の力を緩めたほうがいいぞ!」

「きっつう……! はあ……!」


――ライカの家に来てから数日がたった。

 あたしの怪我は徐々に治り、家の周りくらいなら歩けるようになってきたけど……まだ全力疾走はできない。

 だけど時間は無駄にしたくない。あたしが体を鍛えたいというと、ライカはちょっとだけ困った顔をして――近くの木を削りだして木刀を作ってくれた。

「わかった。それでは剣でも振ってみるかい?」

 まだあたしの体を案じてくれてるのかも。でもいつまでも寝込んでたら治るものも治らない――脳筋と言われようが、やれることはやりたい気持ちなんだ



「はあ、はあ……!」

 それであたしはその場で素振りをはじめる。家のすぐ外でライカに見られながら。

 まずは上へ下へ。剣の軌道がまっすぐに、思ったところに打ち下ろせるように。素振りは基本中の基本だし――藁とかへの打ち込みは、まだ衝撃が強いからやめといたほうがいいそうだ。

「すごいな、もう随分綺麗な軌道になってきている……今日は上下、明日は斜めの素振りをやってみようか」

「うん……はあっ!」

 ……これ、思ったより難しいぞ。腕に力がいるっていうか……これ、普段鍛えてない筋肉を使うから明日は筋肉痛確定じゃ……

「っ……!」

 そう思った瞬間、腕に鈍い痛みが走った――そうして木刀を取り落とす前に、ライカがあたしの体を支えてくれた

「まだ本調子じゃないな……今日はここまでにしよう」

「で、でも……」

「ま、いい時間だ! とりあえず夕食にしようじゃないか――」



「……うおお。これまた美味しそうな……!」

「はっはっは! 動いたらおなかが空くだろうからね! 今日は多めに作っておいたよ!」

 ……そうして。あたしたちが家に入ると、ちゃちゃっとライカがご飯を準備してくれた。

 テーブルの上には、キラキラと輝いて見えるくらい、豪勢な食事が並んでいる。全部この海でとれた幸だと思うが……

「コニの蒸し焼き……アビを茹でて殻をむいて身をほぐして、それをアクラとまぜこぜしたもの……ログロの刺身……モタテの貝柱……野菜類はあんまりないが、とりあえず栄養と美味しさは両立しているはずだ! 食べようじゃないか!」

「ありがてーぜ!」

 あたしはがっつくように食卓について、さっそく並んでるのを手当たりしだいに手に取って――口に運ぶ。……うん、やはり旨い! シンプルな味付けゆえの素材の味……!

「ふふふ!」

 隣でライカも同じように食べている。……がライカの食べ方はすごく綺麗だ。めっちゃ食べるの早いのに、箸の使い方が洗練されてる……って箸!?

「ライカって箸使うのかよ! それってあたしの国の近くだけが使ってる道具だと思ってたんだけど……」

「いや、あたしの先祖もスイナくんと近いところの出身だぞ。同じ国かまでは知らないが……」

「マジかよ!」

 ――そういや。黒髪黒目は世界じゃ珍しい方って話を聞いたことがある。帝国に連れてこられた時は、あたしの国の奴らも周りにいっぱいいたから気づかなかったけど……そういやライカも、あたしと似たような顔かたち、黒髪黒目だ。

「私の父と母が遣い方を教えてくれたんだがね。これはフォークよりも効率がいい。スプーンのような遣い方は出来ないが、スープ状のもの以外ならおおよそ応用が利く」

「それな! って言ってくれよそうなら! あたしたち同郷みたいなものじゃんかよ!」

「はは、すまない。あたしも自分のルーツは存じているが、そこまで内実は詳しくなかったものでね。育ちはまったく別の国だったから」

「ライカってどこで育ったんだ?」

「ここからもう少し離れたところにある――リデック第六公国……というところだよ」

「……?」

 なぜか少し遠い目をしてライカがいった。その国の名前は……聞いたことがなかった。


「って……ああ? あれなんだよ!?」


 そして――ふと目をやった先に、それはあった。それは窓の外――今、確かに鹿――目の錯覚か?

「ああ、あれは地駆け空歩き海渡る鳥(フーナ・リフトレント)だな……ここらへんでは稀に見るよ。害はないが……とにかく成鳥はデカい!」

 ふっと笑ってライカが言った。

「食べてみるかい? あまり味は良くないが――」

「食べるかよ!? あんな怖えの食べたくねえ!」

「おやおや、意外と怖がりなのかいスイナくんはー」

「やっ……そ、そんなことねえし!」

 ちなみに、と親指を立てるライカ。

「フーナは……幼いころは地面で育ち、成体になると空へ旅立ち、そして最後は大海原へと旅に出る……と言われている。あの鳥の行先は分からんが、もしかしたらここらで新しい卵を産むつもりかもしれないな……」

「へー!」

「フーナはあらゆる鳥の中でもトップクラスに移動距離が長いと言われている。あるいは、私たちの故郷くらいから大冒険してきたのかもしれない」

「ほー!」

 なんていうかそれは……夢がある話だ。鳥のくせに、そんな遠くまで飛べるものなのか。なかなか根性のあるやつ……っていうか。

「良く知ってるなあライカは! さすがは元教師……っていうか、なにを教えてたの? ライカってなんの先生なんだ?」

「別に専門に教えてるものなんてのはないよ。初等教育程度……スイナくらいの子までに、色んなことを教えていた。算術、国語、歴史、地理、理学……あと少し剣も教えていたな。そっちは教えられるほどの腕でもないって言うのに、せがまれて……ふふっ」

「……?」

 すごく。懐かしそうな顔をしたあと、ライカはふき出すように笑った。

「スイナ、君は私の生徒たちと似ている。やんちゃなところとか、元気なところとか、そしてすごく優しいところとか……」

「んなっ……!」

 ちょっと顔が赤くなる。

 急に褒めんなよ! というあたしにライカは首をふるふる振って、

「懐かしいな、そうだ、私は確かに教師をやっていたんだ。改めて、ちゃんとそれを思い出したよ」

「……?」

 ライカが良く分からないことを言っているが、あたしはふと頭のなかに良い考えが浮かんだ。

「――そうだ。だったらさ、ライカ……ライカ、あたしにも授業してくれよ! みんなを探したあとの時間、少しでいいからさ……剣と一緒に色んな授業をしてくれよ!」

「え……」

 あたしの提案に、ライカがぽかんと口をあける。

「あたし、実はけっこう馬鹿なんだ! 故郷じゃあんまり学校行かなかったしな……学校行かずに遊んでばかりだった! でもライカの授業なら面白そうだし……うん、あたし受けたい!」

「…………」

 ライカはうんともいいやとも言わず、驚いた様子であたしを見る。これ、そんなに変な提案だったかな……?

「…………」

 あたしは……あたしは故郷では学校なんてつまらないものだと思ってた。なにに使うのか分からないようなことを教えられて、そのぶん遊ぶ時間がなくなっちゃって。時間の無駄だと思ってたけど……

 ある日帝国の連中がやってきて。そんな時間すらも、二度となくなって。あたしはずっと心残りだったのかもしれない。

 だってあの日――学校に行った皆は……殺されて。山にいたあたしだけがたまたま生き残って。本当の一人ぼっちになって……みんなと離れるのはもう嫌だって……

「……」

 あたしは自分の気持を、まだ上手く言葉にあらわせない。それも勉強をすれば、ちょっとはマシになるかも……そういうのがごちゃまぜになって勢いで言い出したことだったけど――

「ああ……構わないよ。じゃあ……」

ライカ・アヤシキ先生の授業開校だ!

「…………!」

 と、ライカはにっこり笑って引き受けてくれた。


 捜索の合間に剣と授業――、ライカとあたしの時間に、新しいサイクルが加わったのだった。




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