4話 「ラソ汁が飲みたいと一瞬思ったね?」


「――さて、いや、別に隠していたわけでもないんだがね……気を悪くしたならすまない」

「気にしてないよ! あたしはライカに助けてもらったし……それより、もっと教えてくれよ色んなこと!」


 ――そうやって。あたし達は家の中に戻ってきた。今日は海に投げ出された他のみんなの居場所、その手がかりを見つけることも出来なかった。

 明日は捜索する場所を変えて、どんどん範囲も広げていきたいけど、まだあたしの怪我が治ってない……だから、今はまず。

 目の前の人のことを知ることにした。

 あたしを助けてくれて、あたしに協力してくれて……そんな人のことをあたしはまだ知らなすぎる。

 こんな状態では、腰をすえてあいつらを見つけるにも身が入らない……あたしは、けっこう神経質なほうだしな。細かいことが気になって……そんで気になったら、目の前のことは全部片づけないと気が済まないタチなんだ。


「……思ったんだ」


 そういうわけで。私は思っていた……なんとなく引っかかっていた違和感に正面から切り込んでみることにしたのだった。

「ライカ……あんたは私と初めて会った時から、まるであたしが話すことを分かってるみたいに会話を先回りしてきたことがあった」

「…………」

「まだ何も言ってないのに……あたしが考えることが分かるみたいに、なんでもお見通しって感じだった。つまりこれは――」

「『心眼』…………と私は呼んでいるがね。そう、私は相手の心を……」

 ――そう、片目を閉じてライカが言った。改めて、なんてことはないように、それがずっと当たり前だったみたいな言い方で。

「す……すげえ……」

 やっぱり。やっぱりそんな感じだったんだ……しかし心を感じる……この耳で聞いてみても、自分で口に出しても、いまいち信じられない。いや、あたしがこの話題を振ったんだけど

「すごくない」

 そうライカが言いつつ笑う。

「まるで五感の延長線上のように……匂ったり触ったりもたまに出来るがね。基本は私の制御を離れた力なんだよこれは」

「…………」

「心を見ると言っても、なんとなく相手の思考の表層が分かるとか、普段はそんなものだ。例えば今君は――」

「……!」

「ラソ汁が飲みたいと一瞬思ったね?」

「……は……」

 ――その通りだった。こんな話をしているときに、一瞬あたしはラソ汁のことを考えてしまっていた。そんなことも分かるんだ……

「今のは意図して表層を読もうとした……どこから話せばいいかな……」

 言いつつ、今度は両眼をつむるライカ

「心を視る力は……に分かれていてね。相手の深い記憶や精神の中身を見ることも出来なくはないが……それは負担が大きい。表層は、普段の思考の垂れ流しをなんとなく感じ取る……というイメージだ」

「それって……」

 心を視れる。そう聞いた時あたしが一番に思い浮かべたことをライカに話す

「どのくらい距離の心まで聞けるんだ? 例えばさ、誰かの声が……どこからでも聞けるなら、あたしの仲間を探すのに役立つかもしれない!」

「なるほど……」

 ギシ、と背もたれに寄りかかるライカ。目をつぶったまま天井に顔を向けて――

「すまないがそれは出来ないな。心眼の射程もあるが、制御の問題……私に遠くの、見たことも話したこともない誰かの心の声を探る、という器用な真似はできない。そして……この近場には〝声〟は今のところないな」

「…………っ!」

 思わずあたしは机をたたく。くそ……この力があれば、みんなを見つけるのに役立つかと思ったのに……

「…………」

 悔しがるあたしに、申し訳なさそうにライカがまた片目を開く

「すまない。あまり力になれなくて」

「いや、いいんだ。むしろありがとうって感じだ」

「……?」

「だってさ。心の呪い……ライカって呪い持ちってことだろ? そんななのに、あたしの相手なんかしてくれてんだもん、文句なんて言えないよ」

「…………」

 あたしの言葉に、意外そうに眼をひらくライカ。それにさ、とあたしは言葉を続ける。

「今のあたしのセリフも、予想してなかったって顔だった。つまり今ライカはあたしの心を読んでない……自分で意図的に力を抑えて、あたしの心を覗かないようにしてくれてるってことだ。それってなんで?」

「それは……」


 一瞬、戸惑ったような表情をするライカ。こんな彼女の顔を見るのは初めてで、なんだかちょっと新鮮だ。

「誰だって心を視られるのは嫌だろう? それに私は呪い持ちだ……呪い持ちというのは基本、忌み嫌われるものだから……私は……」

「……やっぱりな!」

 あたしはヘヘンと笑う。

「ライカは優しいぜ! 自分だって大変なのに、あたしのことを気遣ってんじゃん。それって中々出来ることじゃない」

「!」


 ――ライカはどうも、あたしの親友と同じタイプの人種みたいだった。性格も容姿も全然違うけど、どんな時も他人を想えるような、気のいい人間。

 だからこそあたしは、ライカをもうほとんど信頼してそれこそ本当の姉貴みたいに見ちまっていたんだ。年の差は子供とお母さんくらいあるみたいだけど……

「……昔さ、あたしの故郷に呪い持ちになっちゃった人がいた」

「……?」

「その時は村八分って言うのかな……あたしは小さくてよく分かんなかったけど、その人はそれまで皆と普通に仲良かったのに、呪いを持った日から皆に避けられて、一人ぼっちになっちまった」

「…………」

「その時のあたしは、それを遠くから見てるだけだったよ。母さんがたまにさ、ご飯をつくってそれを秘密でその人に持って行ってやりなさいって言うんだ。それで持って行ってさ……その時に『ありがとう』って言われたんだ。でもあたしは返事をしなかった。無言で行って無言で帰るだけだった」

「…………」

「なんて話しかければいいのか……いや、違う。怖かったんだろうな。自分も呪い持ちになっちまったら、こうなっちまうんじゃないかって……あたし、そんなに良い奴じゃないから……子どもっぽい純粋さなんてないガキだったんだろうな」

「……」

「でも……後悔してるんだ。その時のこと。その人は結局……家族も子供も残して村を出て……それっきりだった。そのあとすぐに、あたしの国は……帝国にやられちまった。戦争があって……みんないなくなって……それであたしは奴隷としてここまで連れてこられた」

「だから」

 あたしは一息に言う。自分の中に押しとどめていた想いを、ライカなら受け止めてくれそうな気がしたから。

「今度は呪い持ちだろうがなんだろうが、関係ない。友達になりたいと思ったら素直に言う事にしたんだ。ライカ、あたしと友達になってくれよ」

「――――!」

 ……また。それが意外な言葉だったのか。今度はライカの目が丸くなった。ライカって笑ってばっかりだと思ってたけど、表情のレパートリーは多い、豊かな人っぽい。

「ああ、喜んで!」

「ありがとう!」


 ライカの出してくれた手をあたしはしっかりと掴む。なんというか、ぐっと距離が縮まった気がする。いい感じだと思った。




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