3話 「素人剣術だ!」
「す、すげえ……なんでそんなに動けるんだよ……」
「年の功かな? ……なんてね? あっはっはーっ!」
……真昼間。探索を終えて帰ってきたライカが昼飯を食っていきなり外に飛び出した。彼女が持って行ったのは……例のカッコイイ剣だ。
あたしはまだ動けないから、家の前で下にいるライカを眺めているだけだったんだけど――
「まあ、この程度は大したことないんだよ。凡人にしては頑張ってるかな? 程度の腕前に……すぎない!」
言うなれば――、
「素人剣術だ!」
そういってライカは地面の砂に剣の先が触れるか否か――ギリギリをかすめるように剣を振り下ろし――また振り上げて。剣の角度を高く低く、どんどん変えて空中を撫で切っていく。
縦横無尽、どこにも触れていないのに、すべてを切っているかのような動き。
それは遠目からだと――まるで洗練された舞いのように見えた。
「いやでも。あたし、帝国で剣を使ってる連中見たことあるけど……みんなライカほどじゃなかったと思う……だって……ってなっ」
次の瞬間ライカが――跳んだ!
いや、飛んだって言ってもいいくらいにジャンプして、跳躍して――なにもない空中を……いや違う、空を飛んでいる何か小鳥みたいなのに向けて剣で真っ二つに――
「ってあれ……?」
「く、外してしまったか……」
着地。小鳥はどこか空の彼方に飛んでいき、ライカは片膝をついて悔しそうな顔をする。見ると、彼女は両目をつぶっていた。
「…………!」
もしかして、今、目をつぶってあの鳥を切ろうとした……?
「すまない、今夜の食料にしようと思ったのだが取り逃がしたよ……とり、だけにね」
「……」
つまらないオバサンギャグは置いといて、今のはやばい。目をつぶって……鳥を翼の風切り音やら気配だけで位置を補足して、あんなに正確なところまで刃圏を持って行ったのか。
ていうかそれ以前に……今の大ジャンプは――
「ライカって呪言遣いなのか? 今何か魔法を使った!?」
「いや、私は碌な呪言は……ああ、なるほど」
ふ、と首を振ってこっちを向いてくるライカ。
「スイナくん、今のはね、呪言を遣ったんじゃない。魔礎に手助けしてもらったんだ」
「手助け……?」
「ちなみに、魔礎というものは何かわかるかい?」
「……ああ、この何もないところに、実は満ちてる……見えない力の流れみたいなもんだろ? これにお願いとか命令を言葉として出して、呪言遣いは色んな魔法を使うんだよな」
「そう、良く知っていて偉い! とはいえその魔礎……なんだがね、私みたいに魔法の適性がない人間ではあまり素直な恩恵は受けられない」
「素直な……?」
「つまり、見るからに水や炎を出したり、土を動かしたりさ。私にはそれを行うほどの魔力は……まあない。それを行うには大きくて強い魔力が必要になるからね……だがそれゆえに」
小さくて弱い魔力ゆえに、出来ることもある。
「―――!」
そう言って、今度はライカが剣を横なぎに――海に向けて大きく振った。すると――
「わ、あ…………!」
……驚いた、今のは……海が一瞬割れた。それは横向き3メートルくらいのものだったけど……切れ込みが海に、確かに入って、そしてそれは白い泡となって消えて行った。
一瞬だったけど……確かに――
「…………⁉」
「斬撃を、持って行った……私の流派では遠打(とおうち)……というがね。これでは実戦である程度以上の相手には見切られてしまうだろうな……」
「す、すっげえええええ、すげえ、カッコイイ……これは……うあああ……」
なぜか納得してないようなライカに、思わず前のめりになる。今のは、なんつうか、なんだ……空中を切ったのが飛んで行った? 見えなかったけど……何だ今のは!
「ふふ……喜んでもらえてよかった」
興奮しているあたしをなだめるように、
「あれも呪言ではない。呪言遣いは大きく強い力を遣えるように、私のような武器を扱う者は小さく弱く……繊細な力を遣える……呪言遣いに比べて、それが遣いやすい、というのが、さっきの跳躍や遠打の理屈、ということさ」
「ん……ん?」
ライカは言った。うーんと……
つまり、どういうことだ……? 分かりそうで分からない
「感覚的なところが大きいのだがね……世界に漂う魔礎を、体感として、確かにそこにあると認識する。これはかなり繊細で退屈な作業だ。禅や瞑想……他、なんらかの精神集中によって、魔礎を感じ取る、というところから始めるのが一般的だが、それがある段階まで達すると、魔礎を自分の身に寄り添うように、体の近くに留めておけるようになる」
「…………」
「そこまでいくと、身体能力の補助や、さっきみたいに魔礎の力を借りて遠打(とおうち)のような呪言の真似事も出来ていくようになる。詠唱いらずで……文字列を唱えなくていいのが、一番の強みといっていいのかな」
呪言ほど強力なものではないが――とライカはため息をつきつつ。
「……これは、呪言を得意とする人間には難しい。なぜなら彼らは魔力が大きすぎる。それゆえに、起こす現象が大雑把になりがち……対して呪言が不得手な人間の魔力は弱すぎるがゆえに、細かく繊細に魔礎を扱える……それが、先ほどのような動きに繋がる、ということさ」
「……へえー!」
つまり……なんだ、ここに直角の曲がり角があったとして。
早すぎる馬は突き当りに突進して大事故だが、ゆっくりした馬は落ち着いて角を曲がれる……ということだろうか。それゆえに、さっきみたいな芸当ができた……みたいな?
「そういう理解でまあ、いいと思う」
……また、ライカはあたしが何も言ってないのにコクリと頷いた。
「それでも、才能ある呪言遣いならどちらもやれなくはないだろうがね……あくまでこれは、才無きものの足掻き、みたいなものさ……少なくとも私の場合は、ね!」
そう言ってライカはまた剣を振る――今度は海の彼方を眺めながら。彼女の視線の先には何もない――いや、正確には何があるか分からない。
大断崖――その先に行くことを阻む消失線。人類未踏領域。楽園か冥府が、この海の先にはあると人は言う。
あたしはそんなの……それどころじゃない、興味なんかないのに。
大昔から人は海の向こうに行こうとして、そうして消えたり死んでいった。この場所は嫌いだ。だから早く離れたいけど、そのためにはまずは仲間を、友達を、あいつらを早く見つけてやらなくちゃならない。
「……なあお姉さん。ライカ……」
「……ん?」
だからあたしは。
「あんた、人の心が読めるのか?」
彼女の秘密に近づこうと思う。
本当の意味で協力してもらうために。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます