第14話「夜会」
祭りの日の夜に大広間で、王主催の夜会が開かれるのはお決まり。
王族は全員参加するし、国の重鎮や要職にある人たちも参加する。
……ということは、獣騎士団団長デュークもやって来るはずだった。
しかも彼は、闘技大会で優勝していたのだ。
優勝者には王からの労いの言葉や望む報酬なども聞かれるはずだから、絶対に姿を現すはずだった。
彼の姿がないかどうかそわそわして、気にしながら壇上から出入り口付近に目を向けていた。
どこに居るかと左右に目を配っていたら、背後からセリーヌお義母様から声を掛けられた。
「……アリエル。もうそろそろ貴女も婚約者を決めてはどうかしら?」
家族総出で甘やかされたような私にも、セリーヌお義母様にだけは絶対に逆らえない。
彼女は義理の息子で王太子のラインハルトお兄様にのみ、遠慮はするけれど実の息子二人とお父様も、彼女には逆らえない。
いわば、実質的なこの国での最高権力者に近いと言って良い。
「お義母さま……はい。役目は理解しています。私も、王族の義務を果たします」
義母は何より私自身のためにも、無闇に甘やかすばかりではいけないとそう言っていた。
だから、私は甘やかされた末っ子の王女としては、彼女のお陰でマシな倫理観を現在持っているとも言える。
セリーヌお義母様は私が身分を持たないデュークに釣り合わない恋をしていてとても心配なのだ。
この前も、恋に恋をした若い令嬢が悪い男に騙され、売り飛ばされそうになったという事件もあった。だから、彼女の警戒心は、普段より強くなっているのかもしれない。
「アリエル。私は貴女に、幸せになって欲しいわ。間違いのない幸せを、選んでちょうだい。私だけではないわ。天国に居る貴女のお母様も、それを望んでいてよ」
「……はい」
「……義母上。すみません。妹はまだ婚約者の決まらない、兄の僕に気を使っているんですよ。僕さえ落ち着けば、妹も自らの役目を果たそうと考えるはずです」
ラインハルトお兄様は、私に対してとても過保護だ。
セリーヌお義母様は、そのことも良くは思っていない。
いずれは離れることになる妹なのだから、兄には適切な距離を取れと言いたいのだ。
「ラインハルト。十分に自分の責務について理解をしている癖にそれを果たさない貴方にも、私は小言を言うべきなのかしら?」
セリーヌお義母様に向けて、ラインハルトお兄様は女性が見ればうっとりしてしまうような笑顔で頬笑んだ。
「僕は別に、構いません……義母上の気が済むように。ただ、アリエルは頭の良い子なので、自分のすべきことは理解しています。若い女性が恋に落ちてしまうことを、止めることは誰にも出来ないでしょうね……結婚すべき相手以外の誰にも会わないように、部屋に閉じ込めてしまうなら別でしょうが」
誠実であることを尊ぶセリーヌお義母様が、義理の娘がそんなことになるのを望むはずもない。
ラインハルトお兄様は、妹の私が頼んでもいないのに義母をやり込めてしまったようだ。
彼女とて、そう思ったのだろう。持っていた扇をゆっくりと広げて、眉を顰めた。
「娘を閉じ込めるなど。そのような非人道的な事をする訳がないわ……私も気付いてはいます。アリエルは男性を立てようと、自分が優秀であることを隠しているのですわ。私の息子達が、いけないわね。圧倒的な能力を男側がより表わせば、アリエルのような才知ある女性も、自分の心の赴くままに生きやすい世の中になるでしょう……そうね。ラインハルトは、十二分にそうしているようですが」
「義母上から、お褒めに預かり光栄です」
その程度の軽い嫌味など、特に問題もないとばかりに余裕ある表情で微笑んだラインハルトお兄様に、セリーヌお義母様ははあと大きくため息をついた。
「……良いわ。アリエル。ヘンドリック侯爵のサミュエルと、今夜は踊ってらっしゃい。私はサミュエルが降嫁先の候補としては、一番良いと思っているわ。いつもいつも血の繋がった兄と踊ってばかりでは、人の中身を知ることなど出来ないでしょう……返事は?」
「はい。そう致します。お義母様」
神妙に頷いた私の態度にようやく満足したのか、セリーヌお義母様はお父様の元へと向かった。
「義母上も、強引だな……アリエルが踊りたくなければ、別に踊らなくて良い」
ラインハルトお兄様の豪奢な金色の巻き毛に、シャンデリアの光が跳ねてとても美しい。
……とは言っても、兄の容姿はつま先から髪の先まで、寝起きの時でさえも常に完璧なのだけど……妹の私が言ってしまうのも変な話だけど、どこからどう見ても完璧な王子様なのだ。
「お兄様。気にしなくても大丈夫ですわ。サミュエル様は、女性が嫌な思いをするような、そんな男性ではありません。むしろ、今の社交界をときめく貴公子ではないですか」
人気のあるサミュエル様と踊りたいと願う女性は、この会場に居るだけでも多いだろう。私はそういった意味では、とても変わっているのかもしれない。
デューク以外の男性と踊れたとしても、全然嬉しくないもの。
貴族が好むような繊細で壊れやすい芸術品のような洗練された男性の良さも、わからなくもない。
けれど、私はデュークのような荒々しくも野生味を感じさせるような男性が好きなのだ。
「今をときめくという意味では、僕は用無しの王太子のようだ」
「まあ……お兄様ったら。もしかして、拗ねてますか?」
とても珍しく自虐的な事を言った兄に、私はふふっと微笑んだ。
「サミュエル・ヘンドリックは父親に似ず、偏見もなく真面目な男のようだ。アリエルが彼を気に入るならすぐに縁談は決まるだろう。お前の降嫁先が本格的に決定すれば、中途半端に望みを持って婚約者を決めていない令息も、すぐに適当なところで手を打って婚約するかもしれない」
肩を竦めてラインハルトお兄様がそう言ったということは、きっと最終決定権を握るお父様だって同じ考えだということだろう。
「王家の血を持つ者の重責に身震いしますわ。お兄様……私。デュークが来る前に、サミュエル様と一曲だけ踊って来ます」
カーテシーをして去ろうとした私に、ラインハルトお兄様は面白そうな顔をして言った。
「……おや。あいつとは、この先結ばれなくても良いんだろう?」
確かに数日前お兄様に、デュークと結ばれることなど望まないと言ったばかりだ。
私は舌の根も乾かぬ内に、その考えを翻したことになる。
「……少し、考え直しました。お父様が前向きな言葉をくれたので彼に地位を与えて、もしデュークが頷いてくれるなら。とても強い騎士である彼をこの国に留め置ける存在になるという、国益にもなります。そうすれば、私も願ってもないものですわ」
「お前は……そんな余計な事を、考える必要はない。王としての身分に縛られ犠牲になるのは僕が居れば十分だ」
ラインハルトお兄様の過保護ぶりはいつものことなので、私は特に反応をすることなく肩を竦めた。
「あら。お兄様。私はお兄様が王家としての責務に縛られ地獄に赴くなら共に参ります。そうしたいと私が勝手に思うのは、自由なことのはずです」
「お前の人生なのだから……お前が思うように、生きれば良い」
お兄様は私をやたらと甘やかす。けれど、私はそれを望んでは居ない。
私は兄に黙って礼をし、令嬢たちの群がる貴公子。サミュエル・ヘンドリック様へと向けて歩き出した。
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