第13話「闘技大会」
王族たる私が住む城全体、いいえ。ユンカナンの王都全体が浮き足立っていると言っても過言ではない一年に一度のお祭りの日。
私は敷地内に建てられた大きな闘技場にある特別観覧席で、痛くなるほどに手を手を叩きながら、とても興奮していた。
我らがユンカナン王国が誇る騎士団は、いくつか王国内に存在する。
騎士の中でもいわゆる花形と言われているのは、中央騎士団で、その中でも魔騎兵と呼ばれている彼らだ。
数多の騎士達から選び抜かれた存在である魔騎兵は、それゆえに様々な危険な場所へと派遣され、戦闘員として活躍出来るから名を上げる機会だって多い。
一番所属している騎士が多いのは、王宮騎士団。
騎士学校を卒業したばかりの新入りの騎士などは、ここに放り込まれるようだ。
そして、デュークが団長を務めている獣人主体の獣騎士団は、戦闘が始まればすぐに最前線へと赴くことになる。
とは言っても、それは彼らの存在が軽んじられているという訳ではない。
全くの逆の理由だ。獣人の身体能力は、とても高い。
だからこそ、他への余計な被害を大きくしないために、強靱な彼らが先頭を切って戦うことになるのだ。
けど、獣人の戦闘員というと、実はそれほどまで数が多くはない。
ユンカナン王国に住む獣人は、多種多様だ。可愛い兎の獣人も居れば、身近な犬の獣人だって居る。
けど、戦闘にて強い攻撃力を発揮する大型肉食獣系獣人というと、とても数は限られてくるのだ。
獣騎士団に所属している騎士のほとんどを占めるのは、大型肉食獣獣人。中には偵察などに特化した能力を持つ獣人も特別に居るらしいけど、それはごく少数。
そうそう。前置きが長くなったけど、そんな戦闘特化の獣騎士団団長である、デューク・ナッシュは年に一度の闘技大会で、なんと優勝したの!
私は初戦の場にいつも通りにやる気なくダルそうな空気を纏い現れたデュークを見て、多分早く帰りたいから早々に離脱するのかもしれないと思った。
そんな私の勝手な予想などはお構いなく、デュークは圧倒的な強さでもって勝ち抜き戦を駆け上がった。
——————決勝戦は、団長対団長。
デューク贔屓な私も含め大方の観客たちは、流石にこれは厳しく長い戦いになるだろうと思ってはいた。
けれど、デュークはあっさりと強敵を片付けて剣を収めると、私たち王族や高位貴族が座る観覧席へと勿体ぶって礼をしたのだ。
あまりにも早く勝敗が付いてしまった試合に一瞬会場全体が戸惑ったものだが、ぶわっと湧き上がるようにして熱狂的な歓声と祝福の拍手の渦が巻き起こり、その光景は本当に圧巻だった。
私はデュークが圧倒的に強いために、すぐに勝ってしまうのだと思っていた。けれど、実はそうではなかったみたい。
隣に座っていた軍属のジャンお兄様の視点では、あれはデュークが『彼は敢えて、短時間で終わらせている』のだそうだ。
要するにとても怠惰な性質を持っている彼は、戦闘を長引かせたくないからと思い、対戦相手に合わせた巧みな戦術で短時間で戦闘を終わらせているらしい。
デュークはあくまで、余裕な顔だ。
それほど必死な様子もないのに、さらっと優勝してしまうなんて。
——————本当に素敵過ぎる。
私の隣に居るお父様も、目を掛けているデュークの活躍振りを見て、とても満足そうだ。
そういえばお父様は、団長への任命式の時もデュークの事を気に入っている様子だったわね。
あれだけの強い戦闘員を募集してたちまちに集めることなどは、決して出来ない。
そして、デュークほどに単体で強い騎士が居ると国内外に噂になれば、小競り合いを仕掛ける敵国とて恐れを抱いてしまうはずだ。
……そうだ。
団長に任命される理由となったデュークが大活躍したというあの戦闘から、そう言えば、敵国は小競り合いなども仕掛けて来てはいないらしい。
それはもしかしたら、デュークという存在のせいだけではないかもしれないけど……。
この前は、お兄様に「将来的に、彼と結ばれるつもりはない」とは言った。
けれど、隣で満足そうに笑顔を見せるお父様ならば、優秀な騎士デュークに対し王族の私と添うために相応しい身分までも与えることが出来るのだ。
気分も上がっていて『少し聞いてみるだけ』と自分に言い訳しつつ、デュークの活躍ぶりに浮かれていた私はお父様に自分の希望を伝えることにした。
「お父様。あの、私……デューク・ナッシュと結婚したいの。庶民出身だけど……いけないかしら?」
すぐ隣に座っていたお父様は、彼にだけ聞こえるようにと耳打ちした私の希望を聞いて、ひどく驚いているようだった。
デュークが私のお気に入りであることは、城中の噂になっているんだけど、お父様は他に考えるべき重要な要件があるから、娘が一騎士に夢中になっている噂など耳にはしていなかったのかもしれない。
「……あの、黒獅子の獣騎士団長と? そうか。アリエルは、彼が良いのか……儂は彼が良いと言えば良いが……また、機会があれば儂から聞いてみよう」
「お父様……ありがとう! 彼はとっても頭も良いし、心ばえも素敵な人なの。お父様も彼に会って話を聞けば、きっと気に入るわ」
第一関門である父に結婚相手がデュークでも良いと言って貰えた私は、喜びの余り両手の指を組んで胸の前で握り締めた。
父は私に対して確かに甘いけど、政治に関しては厳しい。
だから、国の為にならないと思えば、これは絶対に許されなかった。父が考える余地があると思っているのは、それほどまでにデュークの強さは凄まじいのだろう。
他国には、絶対に取られたくないと思うほどに。
「だが、産まれた時の身分差は、埋め難い夫婦の不和の元にもなり得る。習慣も考え方も違う。若い頃の容姿だけでは、生活は出来ない。それでも、アリエルは大丈夫かい?」
お父様の心配は、尤もな話だ。
身分差のある結婚は、すぐに手放しで喜ばれるような単純な話でもない。それは私にだって、理解は出来て居た。
「……ええ。もちろん。デュークが私との縁談を受けてくれるといえば、それを埋められるくらいの多くの努力をすると誓うわ。お父様……私は国民の代表として産まれた、王族なのよ。人の出来ない事が出来るとされ、そうあることを国民から望まれている。私に出来る最善を尽くして、彼とは上手くやっていきたいの」
「誰に似たのか、アリエルは本当に真面目だな。わかった。頃合を見て、ナッシュに聞いてみることにするよ」
ユンカナン王国で至上の存在のお父様は、誰かと約束したことを決して破りはしない。
出来ない約束を、そもそも彼はしないのだ。
だから、お祭りで気分が舞い上がり浮かれていた私はデュークに縁談を受けてもらえることを祈るしかなかった。
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