じいじ 2





林太郎には二人子どもがいる。

だがほとんど面倒を見た事が無い。

ともかく忙しかったのだ。

結婚ですら人に言われるままに済ませた。

面倒くさかったのだ。


ともかく自分は上に昇りたかった。

自分の使命を成す事だけが生きがいだった。

そして残ったものはこの家と藤井だけだった。


家庭を顧みなかったものが、

その家庭に温かく迎えられる訳がない。

それでも彼には後悔はなかった。


だがそこはかとない気持ちが無い訳ではなかった。

特に病気をしてからは午後の光の中でうとうとしながら、

薄い氷の様に溶けてしまうような感覚はあった。


「じいじ。」


もう一度愛が林太郎に言った。


「この前から美月が一生懸命教えていたよ。」


と桂が言う。


「はあい。」


と林太郎が返事をすると愛がにこりと笑って桂を見上げた。


「上手に言えたな、じーちゃんだぞ。」


桂が愛を見て言い、ちらりと林太郎を見た。

林太郎の口元は少し緩んでいる。


「なんだ、俺が変な顔してるか。」

「いや、その、」


桂が顔を上げた。


「じいちゃんだなあと思って。」

「どうせじじいだよ。」


桂がふふと笑い出す。

林太郎も笑い出した。

愛もそれを見て訳も分からず笑った。

林太郎は桂を見た。


「お前、太ったな。」


確かに桂は以前のひょろりとした体格ではなかった。

みっちりとした筋肉質の体だ。

それを見て林太郎は俳優だった父親を思い出す。


「美月は料理が上手くてね、何を食べてもいける。

それに田舎だからなんでも美味いよ。」


と桂が笑った。

体つきは父親に似ているが笑い顔はなんだか違う。

もう桂は父親のスペアではないのだ。

遠山桂と言う一人の人間だった。


「お待たせ。」


と美月が家政婦と一緒に色々なものを持って来た。


「これが私が作った漬物、これは煮物、

田舎料理だけど美味しいよ。

それとピザね。友達の麻衣が作ったの。」

「ピザ、ピザ!」


と愛が飛び跳ねる。


「こら、愛、じいじが食べてからね。

藤井さんも食べて。お手伝いさんもどうぞ。」

「美味しそうですね、これは。」


藤井が手を伸ばした。


「塩分控えめにしてあるからね、健康にも留意しています~。」

「いましゅ。」


美月の後に愛がおどけたように言った。




春になり暖かくなる頃、

林太郎は藤井とともに桂と美月がいる田舎に引っ越して来た。

都会の家は売った。

桂と美月の家は既にバリアフリーにしてあった。


「りんじい、ふじちゃん。」


愛なりに考えて呼び方を決めたのだろう。


そして毎日が過ぎていく。

だが以前のような同じ色が続く日々ではなくなった。








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