第8話

「やべえ、やべえよ」


 天下の往来、帝都ティエンシア。

 各地から人々が集うこの町で、誰よりも顔を青白くさせる影がひとつ。

 テンランである。


 何が彼を蒼白させるかと問えば答えは単純。


『レベルが10にアップしました』


 時折聞こえてくる、このレベルアップを告げるメッセージだ。


 瘴気の迷宮から戻ってきて2日。

 テンランとプレセアは新規顧客の獲得に精を出した。


 小さな事件があればスキルを交えて実演および解決し、効果を宣伝しては契約を獲得する。

 悩み事を抱えた人がいれば【サブスクリプション】のどんなスキルを使えば解決できるかを解説して契約をつかみ取る。


 そんなことを繰り返すうちに、あっという間に3桁を超える新規契約が結ばれた。

 探索者が3週間かけて獲得する経験値を、わずか2日で獲得してしまった。


「チッチッチ。テンラン、来月からも継続してこの経験値が入ってくるんだよ?」

「改めて、とんでもないスキルだよなぁ」


 テンランの【サブスクリプション】は月額制。

 月々の経験値支払いは低額だが、長く契約してもらえばそれだけ多く支払ってもらえる。


 契約を破棄された場合、経験値の徴収が出来なくなるが、

「なんつー便利なスキルなんだ!」

「うぉぉぉぉ、四十肩の凝りが嘘のようになくなっただと⁉」

「もう前の生活なんて考えられねえ!」

「いくら何でも安すぎる! もっと支払わせてくれ!」

 なんて、絶賛の声ばかり。

 打ち切られる危惧はほとんど無いとみて間違いなかった。


「さあジャンジャンバリバリいくよー! ほら、テンランも早く早く!」


 プレセアの顧客新規開拓は次の段階がある。

 それは実際にスキルを体験した人の声が、未契約者に広まっていく未来だ。

 二人がわざわざ足を向けなくても、新たに契約を望む声が向こうからやってくる。


 だからひとところに長くとどまるのではなく、人通りの多い場所を転々と移動した。

 そんな折りだった。


「あれ?」

「どうした?」


 プレセアが視線を向けた先。

 女性が、眉を曇らせて人に尋ねごとをしている。


「あの人、迷宮を出てから最初に契約してくれた人だよ! おーい、イオナさーん!」


 緋色の旅装束の女性はブンブン手を振るプレセアに気づくと、眉を穏やかにして駆け寄った。


「助かった。ちょうど探していた」

「ほえ? わたしたちを?」


 イオナは頷くと、神妙な面持ちで声を潜めた。


「醜聞が広まるのは避けたい。少し場所を変えてもかまわないだろうか」


 テンランとプレセアの二人に問いかけるようでいて、イオナはテンランを主に見ていた。

 どちらに用があるかは明白だった。


 二人は【サブスクリプション】の営業活動をするつもりだったが、究極いえば急ぎの用ではない。

 だから切羽詰まった様子のイオナの話を聞いていいかと目くばせして、プレセアは首肯し親指を立てた。


「大丈夫イオナさん! テンランいま独り身だから!」

「そそそ、そういう話ではない!」

「え、振られるのを危惧したんじゃないの?」

「違う! もっと真剣な話だ!」

「真剣な、お付き合い……っ」

「おいテンラン、こいつの口を塞げ!」

「手で? 口で?」

「手でだ!」


 口を塞がれたプレセアが声をくぐもらせて不満を主張した。


 それからイオナは町はずれの人気のない河川敷へと歩き出し、テンランも後を追いかけた。


「で、話ってのは?」

「その前に、この話はごく内密で、誰にももらさないと約束してくれ」

「わかった」


 イオナは見晴らしのいい川沿いを下流から上流までぐるっと見渡し、人がいないと入念に確認してからようやく本題に入った。


「公爵家の話だ。実はそこのご息女が悪霊に呪われている。それも、たちの悪い凶暴な部類に」


 プレセアが「悪霊……」と繰り返す。

 戦国の世、いくつもの呪いに蝕まれた身だ。

 他人事だとは思えなかった。


「私のような魔石を集める者、名のある神官、希代の癒術師、公爵家は手を尽くしたが成果をあげられていない」

「待って。どうしてそんな話を俺たちに?」


 急な話に慌てて待ったをかけたのはテンランだ。


「言っちゃ情けないが、俺のレベルはたったの10。そこいらの探索者の方がよっぽど高い能力値を持っているぞ。手ごわい相手なら俺なんかより、実力のある探索者を雇った方がいいんじゃないか?」

「いや。私はテンランだから信頼しようと思ったのだ。託してみようと思えたのだ」


 熱烈なプロポーズだった。

 イオナの熱弁に、テンランは気恥ずかしくなって頬をかく。


「頼む、力を貸してほしい」


 イオナは深々と頭を下げた。


 テンランがふと気づくと、プレセアもまたテンランの顔を覗き込んでおり、その顔はやる気に満ちている。


「わかった。俺が力になれるなら」

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