人間嫌いの白髪の魔女
健杜
第1話 白髪の魔女
雪は嫌いだ。
雪は俺からすべて奪っていく。
普段なら幻想的な光景に見惚れるが、今はその白い一つ一つが体温を奪っていく。
昔は俺の白い髪の色と同じではしゃいだものだったが、今はそんなふうに喜ぶことはできなかった。
そして、限界を迎えた俺の前に絶望が現れる。
「追い詰めたぞガキ。手間取らせやがって」
姿を見せたのは村を襲い、母さんを殺した盗賊達だった。
囮になって、俺を逃してくれた母さんの犠牲も無駄になった。
すでに全力で逃げた後なので体力は残っておらず、追い打ちをかけるように雪に体温も奪われ、木に倒れるようにもたれかかるのが精一杯だった。
「てめぇも村の連中と同じところへ送ってやるよ」
俺の命を終わらせる剣が振り下ろされたその時、目の前が赤く染まった。
「邪魔だ」
一言、そう言い放った人物は一瞬にして盗賊たちを焼き尽くし、その場には灰すら残っておらず、盗賊たちの存在した痕跡は何もなかった。
雪のように白い長髪を揺らしながら俺の方に歩いてくる女性は、強い憎悪のこもった赤い瞳で睨んでいた。
その女性は決して俺を助けてくれたわけではなく、本当に邪魔だから盗賊たちを燃やしたのだと分かった。
なぜなら、女性の額には赤い宝石が存在したからだ。
「おいガキ。今からお前を殺すが、なにか言い残すことはあるか?」
当たり前のように殺すと言われるが、それは当然のことだった。
なにせ彼女は、魔女なのだから。
人は魔女を差別し、魔女は人を憎む。俺が生まれる前から変わらない、世界の理だ。
盗賊から生き延びたところで、ただ殺してくる相手がかわっただけだ。
死の運命は変わっていない。
「ありがとうございます」
口から出たのは、お礼の言葉だった。
相手が魔女だろうが、助けたつもりがなかろうが、彼女が盗賊を燃やしてことで助かったのは事実だ。
ならばお礼くらい言うべきだと思ったのだが、魔女には信じられない言葉のようだった。
「ありがとうだと……。人間が魔女にお礼を言うのか? 信じられん」
耳を疑う言葉を聞いた彼女は、心のなかで葛藤するも整理をすることができずに、感情を俺にぶつけてきた。
彼女は右手を俺の方に向けると、相変わらず憎悪のこもった目で睨みながら、叫ぶように声を出した。
「本当に、今からお前を殺すぞ!」
普段なら恐れるような殺意の感情も、今は救いの手のように思えた。
両親は殺され、住む村ももうない。
生きる意味など、もう俺には何もないのだ。
そんな世界で生きるよりは、死んで楽になりたかった。
「お願い……します。俺を、殺してください」
絞り出すように懇願をした俺を見て、彼女の感情は爆発した。
手のひらの前に炎の玉が出現し、俺に向かって解き放たれた。
炎が体を包み込み、両親の元へ行けると思い目を瞑ったのだが、想像した熱さが訪れることはなかった。
むしろ、冷えた体を温めてくれる優しい暖かさが全身を包んでいた。
「どうして?」
お礼を言うよりも先に、疑問が口から出ていた。
彼女は魔女で、俺を殺そうとしていた。なのに、いまやっていることは反対のことだ。
彼女を見ると感情の波を抑えるように、きれいな白髪を手でくしゃくしゃにして、ぶつぶつとなにか呟いていた。
しばらくそうした後に、ようやく感情の整理がついたのか俺を複雑な思いのこもった目で見てきた。
「私は、お前を助けたわけじゃない!」
彼女の口から出てきたのは、言い訳の言葉だった。
「お前の、人間の望み通りにするのが嫌だっただけだ! 私達魔女は生きたいと願いながら、人間に無惨に殺されてきた。それなのに……人間が楽に死のうなんて許せない!」
彼女の言葉は本心なのだろう。
人間は自分たちとは違う魔女を差別し、大勢殺してきた。彼女の言う通り本当に助けたわけではないのだろう。
それでも……。
「助けてくださり、ありがとうございます」
俺は頭を下げて、お礼を言った。
彼女は俺の言葉を受け入れたのか、先程のように取り乱すことはせずに静かに告げた。
「私はただ……奴隷が欲しかっただけだ。それも、お前がもっと生きたいとそう願ったときに殺す都合のいい奴隷だ」
「それでも、ありがとうございます。たとえ、未来で殺されるとしても、母の敵である盗賊たちを殺し、死ぬはずだった俺を救ってくれたあなたになら構いません」
「おいガキ、名前は?」
彼女は大きく息を吐き出した後にゆっくりと俺に方へ近づき、名前を聞いてきた。
体を包む炎はすでに消えているが、雪に奪われた体温と体力が戻っていたので、立ち上がり返事をした。
「ノアです」
「ふんっ今日からお前は炎の魔女、イグニス・フェルリーネの奴隷だ。必ずお前を殺す」
彼女は脅すように言いいながら手を差し伸べてきたので、俺はその手を握った。
こうして、人間である俺は魔女に助けられ、共に暮らすことになったのだ。
人間嫌いの白髪の魔女 健杜 @sougin
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