なんでもない、ただの日常会話

CHOPI

なんでもない、ただの日常会話

「あ、電話だ」

 寝る前の少しのんびりとした時間。何気なくスマホを弄っていたら、突然画面が着信を知らせるものに変わった。表示されている名前がキミだったので、仕事の人より長電話になっちゃうなぁ、なんて思いながら、だけどそれに少し幸せを感じつつ、通話ボタンをフリックする。画面を耳にあてて「もしもし」と挨拶をすると、ちょっと低くて、だけどとっても優しい温かさを持った、大好きなキミの声がすぐ近くに聞こえてくる。


『ごめん、こんな時間に』

 その言葉に「全然大丈夫」と答えて、それから今日あった出来事の話を何となくする。お互いがハッキリとした目的のないまま、何となくで紡ぐ会話。そんなキミの会話の出方から察するに、恐らくこの電話は急用の類では無いことがわかる。前にもこういう電話をした時言っていた『ただ、声が聞きたくなったから』、今日の電話もきっとそんなところな気がしている。そしてそれは、割と自分も例外ではなく。


 今朝は気持ちよく目が覚めた話。仕事も順調で、充実していた話。同僚と昼休みにお菓子を交換した話。だけど帰り、ホームについたと同時に電車が発車しちゃって、次の電車がなかなか来なかった話。家に帰る前に近所のスーパーによったら、お刺身が半額で売っていた話。お風呂に入れる入浴剤を買い忘れた話。そんな取り留めも無い、オチがあるわけでもない、ただの私の日常の話。それでも時折相槌を打つキミの声は、ずっと優しい。


 そんな一日の報告中、何の気なしにベランダに出てみる。寝る準備をしていた身体は思いの外温まっていたようで、そんな身体を容赦なく外気は冷やしに来る。呼吸をすると鼻先がツンと冷たくなって、あぁ、もう夜は随分と冷え込むようになったな、と思う。キミの声を聞きながら、ふと「ハァッ」と息を吐きだすと、白い煙が宙を舞った。


「随分と、寒くなって来たねぇ」

 今、白い息出た。そう報告したら、『なんで外にいるの!?』『風邪ひいちゃうからお部屋に戻りなさい!!』なんて、いきなりお母さんみたいなことを言い出すから笑ってしまった。今まで相槌ばかりだったのに、怒涛の勢いで話すものだから、その必死さに対しても笑ってしまって。これからもっと寒くなっていくのに今からそんなに心配していたら、この先どうするんだろう、なんて。


 寒がりのキミは、きっと次に会うときにはもう、手袋もマフラーもして、モコモコな上着を着こんでいるんだろうな。寒そうに、モコモコに巻かれたマフラーに顔をうずめるキミを思い返す。普段はクールで頼れる感じを出しているくせに、そういう仕草はかわいくて。……ずるいよなぁ、とか思ったり。


『風邪ひかないように、温かくして寝るんだよ』

 『おやすみ』、そう言って電話は切られた。スマホの画面を閉じて、ベランダから部屋に戻り、ベッドの中に潜りこむ。少し冷えてしまった身体、だけど暫くすればかけた布団が心地よく温まってくる。その温かさに次第にウトウトし始めて、少しずつ意識が夢の中へといざなわれていく中で。



――明日も頑張ろう

そう素直に思えるのは、キミがくれる優しい時間のおかげです。

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