参「望まぬ婚約、のはずが……」
❖夢の中❖
長いこと、千代子は己が生きている意味が分からずにいた。
蝶よ花よと育てられた幼少期。
千代子は当主たる父をも凌ぐ巨大なヱ―テル総量を持ち、術式の覚えも良く、次代の当主としての期待を一身に受けていた。
ただ一人、父だけは千代子のことを嘆いていた。
『どうしてお前は、女なんぞに生まれてきてしまったのだ』
と。
密教家の当主でありながら、古式ゆかしき儒教的価値観――家父長制、男尊女卑の世界観に生きる父にとり、千代子は『女である』というただそれだけの理由で、絶対的劣等生であると結論づけられていた。
女性当主などは、父の世界観の外にある
勉強ができる?
だからどうした。女が学問などやるべきではない。
運動ができる?
女の
母や家の者たちは、千代子の味方でいて
それはそうだろう。
父に長年虐げられてきた母にとっては、千代子こそが希望の花であった。
家の者たちからすれば、千代子は次期当主である。
そんな千代子の機嫌を損なうのは下策も下策。
父への隔意はあったにせよ、それでも世界は千代子を中心に回っていた。
状況が一変したのは、三年前――。
母が、男児を生んでからだ。
父は狂喜乱舞した。
そんな父を見て、母も喜んだ。
家の者たちもみな、もろ手を挙げて喜んだ。
ただ一人、千代子だけは喜べなかった。
玉のような弟のことは、可愛い。
可愛いが、どうしても隔意を感じる。
毎晩々々父への怨嗟を千代子に吹き込み、『貴女が次代の当主になるのよ』『この家を変えるのよ』と言い続けていた母の、あの晴れやかな笑顔は一体何だ?
千代子に馬乗り袴――男装――を着せ、千代子のことを『若』と呼び、千代子のどんなワガママにも付き合って呉れていた家の者たちの、手の平を返したような冷たい態度は何なのだ?
結局自分は、男児がいなかったこの家の、『予備』でしかなかったということか。
そのころからだ。
自分が何のために生きているのか、分からなくなったのは。
❖ ❖ ❖ ❖
「
「お前の夫だ」
阿ノ玖多羅といえば、護国拾家の中で最も力のある家。
当主はあの、日本の守り神・阿ノ玖多羅
一説には、『悟り』を得、『即身成仏』の秘儀を経て老いず腐らぬ体――ヱ―テル体を得ているとも言われている。
そんな現人神の如き存在の息子との婚姻だというのだから、退魔家の女ならばもろ手を挙げて喜ぶべき良縁だった。
「私は、戦えます!」
「儂がこの縁を持ってくるのにどれほど苦労したか、分からないのか? 儂の親心が、分からないのか?」
確かに結婚相手としては、考え得る限り最良の相手。
が、写真の中の許嫁は、千代子にとっては疫病神にしか思えなかった。
「壱文字家の名に恥じない一流の退魔師になってご覧に入れます! だから」
「――女に
また、これだ。
「そんなことはありません! 十二天の術式も全て使えるようになりました! 父上――」
思わずかっとなって、我ながらとんでもなく失礼な提案をしてしまった。
「私と力比べをしてはいただけませんか!? 私が勝てば――」
「貴様、父を愚弄するか!?」
父の、憎悪に満ちた目。
……あぁ、そうなのか。
この父は、ずっとずぅっと私のことを、憎悪の対象として見ていたのか。
「阿ノ玖多羅家の嫡男と結婚しろ、千代子。それが、お前が当家のためにできる唯一の仕事だ」
千代子の男嫌いに拍車がかかった。
❖ ❖ ❖ ❖
自分は戦える。
男の影に入らなくとも、一人の人間、一個の人格として生きることができるのだ、と。
そのことを証明したくて、勘当同然で家を飛び出し、士官学校退魔兵科に入学した。
そうして飛び級に飛び級を重ね、圧倒的首席で卒業したのが一ヵ月前のこと。
だが――
『
気が付けば、千代子は
所詮は虚妄だったのだ。
女の身でも戦えるというのは、父の言う通り虚妄にすぎなかったのだ――。
千代子の心臓が、血と肉の花を咲かせた。
❖ ❖ ❖ ❖
❖数十分後 / 神戸北野異人館街 異人商人の屋敷 庭の片隅❖
「うわぁぁあああああああッ!?」
マスケット銃で心臓を撃ち抜かれる夢を見て、千代子は目覚めた。
「
すぐ隣から、許嫁――
(わ、わ、わ、おんぶされてる!?)
「目ぇ覚ましたんやったら、自分の足で立ちぃ」
「ご、ごめんなさい、皆無くん!」
慌てて降りる千代子。
「じゃなかった! どうして私を撃ったんですか、皆無くん!?」
「お前の
言って虚空から手鏡を取り出して
「それってつまり――皆無くんって、私の命の恩人?」
「まぁ、三度ほどな」
「~~~~ッ!! ありがとう、皆無くんッ!!」
思わず皆無を抱き締めようとした千代子だが、皆無にひょいっとよけられた。
「お前なぁ」
皆無がため息をついて、
「さっきから皆無くん皆無くんって、何様なん? これでも僕、単騎少佐なんやけど」
「え? それは私が――」
「あはァッ! さてはそなた」
隣から、びっくりするほど
金髪異人顔の甲種
「皆無のファンじゃな? まぁこやつ、この通りちんちくりんじゃが顔だけは抜群に良いからのぅ。――じゃが」
皆無よりも頭半個分ほど背が高い
「こやつはもう、
まるで皆無のことを抱き締めてでもいるようだ――腕もないのに。
「~~~~ッ」
そして、まんざらでもない様子で顔を真っ赤にさせている皆無である。
二人のそんなやり取りを見せつけられて、千代子は『我こそは皆無くんの許嫁なるぞ』と名乗り出る機を
「あ、あの……お二人はお付き合いをなさっておいでで?」
千代子は
何しろ大魔王・
下手なことを言えば、取って喰われるかもしれない。
「んお? 付き合う――とは違うのぅ。こやつが、予に付き従っておるのじゃ」
途端、しゅんとなる皆無。
(あぁぁ……)
今のやり取りを見ただけで、皆無の気持ちが分かってしまった千代子である。
それでも
「
「許嫁? さぁ……その手の話はパパ――げふんげふん、ダディ――でもなかった、父に任せっきりやから、よぅ知らん」
(何てこと……)
つまり皆無にとって、自分は――この
(だけど……)
千代子は、諦めきれない。
目の前にいる皆無少年は、はっきり言って自分の好みのど真ん中なのである。
顔だけではない。
大人っぽく見せていながらも時々子供っぽさが出てしまう立ち居振る舞いや、女慣れしていないところも好きだ。
(それになにより――)
乙種
千代子は、腕っぷしが強い。
それは軍人、退魔師としては美徳なのだが、男にモテ
自分よりも腕力に優れた女を
だがその点、皆無は心配ない。
拳ひとつで
(
見れば今の皆無には、悪魔めいた
つまりあの悪魔の如き力は
(皆無くんは人間。人間にして
千代子は決意を新たにする。
(皆無くんを、振り向かせて見せる! ――この
「うーむむむ」
そのとき、
「どうにも違和感がある」
「どしたん?」
首を傾げる皆無。
千代子は皆無の年相応な仕草が可愛らしくて
「
「まだ、残滓があるってことか?」
「何より、触媒たるマスケット銃が見つからなかったのが気に喰わぬ」
「僕の魔術で灰も残らず燃え尽きたんとちゃうん?」
「
「すかしっ屁て。口の悪いお姫様やで
❖ ❖ ❖ ❖
❖十数分後 / 神戸外国人居留地南端 海岸通り❖
海岸通りは、負傷した
そう、戦場は何も、千代子たちがいた屋敷だけではないのだ。
永らく神戸港を守っていた【神戸港結界】の崩壊により、今や夜の神戸は
幸い、民間人の負傷者はいないようだった。
第七旅団が各屋に配布している十字
(あれ? でも犬がいる)
飼い犬が鎖を切られて逃げ出したのか、足をやられた犬がきゅんきゅん云いながら
甲種
「姫君が来たぞ!」
「待ってました!」
「今日もお美しい!」
第七旅団の
どうやら
そして再び、千代子は首を傾げる。
この場に数十人規模の怪我人がいて、誰も救急用品を持っていないのだ。
無傷の将兵らは楽しそうに傍観している。
「わ、私、救急用品を取ってきます!」
確か近くに第七旅団の詰め所があったはずだ、と駆け出そうとすると、
「要らぬよ、そんな物」
と、
「そら、皆無」
「衆目の前でとか恥ずかしいんやけど……」
皆無が顔をしかめる。
「なぁにを小娘みたいなことを言っとるか! さっさと顎を上げよ」
「ううぅ……」
そこから先は、先ほどと同じだった。
そして皆無が、それを嚥下する。
「っぷはぁ! もう止めろ! 逆流してまう!」
暴力的な量のヱ―テルを流し込まれ、皆無が悲鳴を上げる。
「軟弱じゃのぅ」
また、姫君が
「
天にかざした皆無の手から温かな光が溢れ出て、負傷者たちを包み込んでゆく。
「おおっ!」
「こんなに効くなんて――」
「さすがは姫君のヱーテル!」
隊員たちの言葉は、世辞でも何でもなかった。
たった一度の術式行使で数十人をいっぺんに癒してしまうなど、前代未聞だ。
少なくとも千代子が士官学校で学んだ常識では、そうだった。
だが、軽傷なら
そのうちにヱ―テルが足りなくなって、
「うぅ……」
皆無が、ふらふらと倒れそうになる。
ヱ―テル切れ……あれは辛いのだ。
ヱ―テルが枯渇すれば気絶する。
「情けのない奴じゃ。ヱ―テルを
そんな皆無の顔をその悪魔的な乳房で器用に受け止めながら、
(わざわざ乳房で受け止めてる……)
己がもし男であったなら、あれだけでもう篭絡されてしまうかもしれない。
年端も行かぬ子供をあんなにも暴力的な色気に
そしてまた、口付け。
「ひゅ~ひゅ~」
「お熱いですなぁ!」
「羨ましいぜ」
若い連中が囃し立てるが、
「うっぷ……」
皆無がギロリと睨んで、
「羨ましい言うた奴、代わって呉れるんか?」
一斉にそっぽを向く男たち。
一部などは空々しく口笛を吹いている。
(……? あれだけ美しい姫君に愛されるのなら、ヱ―テル酔いくらいは我慢できそうなものだけれど?)
千代子は疑問に思うが、何しろ自分は新兵であり新参者である。
何か事情があるのかも知れない。
引き続き、皆無が癒して回る。
そんな彼の後ろをついて回って、千代子は空恐ろしくなってくる。
真言密教術式による怪我の治癒など、並みの術師なら一日に一人か二人癒しただけで息切れする。
天才肌の己であっても、五、六人が限度だろう。
(それを――…この甲種
そして最後は、
「きゅぅ~ん」
広場の隅で丸まっている
「えぇぇッ!? 犬まで治すんですか!?」
千代子は仰天する。
「可哀想ではないか」
「そりゃ可哀想ですが」
国中の怪我人や病人が大枚をはたいてでも受けたい術式治療が、犬相手に施されているという世にも珍妙な風景を前に、引きつり笑いを禁じ得ない千代子である。
(あっ、犬と言えば……)
神戸に住む知人が手紙の中で、
洋犬はカネになるのだそうだ。
足が治り、元気に走り去っていく
何やら背中に細長い筒状の
「
「あッ! 大尉殿ッ!」
千代子は直立し、屋外敬礼をする。
大尉が短く答礼し、
「まぁ、無事で良かった。貴官、精神汚染の方はちゃんと
「は、はい! 皆無く――じゃなかった、
「――
急に、皆無が口を挟んできた。
「え?」
「苗字は好かん。名前でいい」
「あ、えと」
千代子は皆無と大尉の間で視線をさ迷わせる。
上官たる大尉を無視するわけにはいかない。
が、相手は大尉の上の少佐である。
大尉が小さく
「ええとじゃあ、皆無くん?」
「やから、くん付けは
「ですよね。じゃあ、皆無少佐殿?」
「ぅんむ」
皆無が
(なるほど)
きっと、『名門・阿ノ玖多羅家のご嫡子様』と呼ばれるのが
相手が自分を一人格として見て
千代子も名門・
(なんだかんだ言っても、まだ十三歳なんだものね)
「そこな将官よ」
と、ここで
皆無が
少佐位に就く皆無が、会話の主役の座を
「そなた、この娘の上官かの?」
途端、大尉がその場に
「ははっ! 申し遅れました。わたくし、第零師団・第七旅団・第十三連隊・第八速成大隊・第五中隊・第十三小隊隊長、田中大尉であります。殿下と殿下の
大尉は、千代子が所属する第十三小隊の隊長なのである。
通常、陸軍では数名から十名が『分隊』を作り、その『分隊』が数個集まることで『小隊』を作る。
が、第零師団・第七旅団の隊員は、港での検疫業務専門の下士官・兵卒ですら全員が希少な霊能力者であり、戦場に出る
これが皆無のような『単騎少佐』ともなれば、個人にして一騎当千、一人にして一個大隊の扱いとなる。
銃弾の一発で異人館の庭を焼け野原にしてしまった皆無の戦力を鑑みれば、大隊扱いでもなお生ぬるいかもしれないが。
「田中大尉?
「はぁ? ――こ、これは失礼を。『田中』というのは日本人ではありふれた名前なのです。恐らく他に大尉の田中がおるのでしょう」
「ふぅむ、そうなのかの?」
「はい。それより、我が小隊に新たに配属された
「うむ」
姫君がこちら――千代子の方を向いた。
真っ赤な瞳、意志力の塊のようなその
「
「ち、千代子であります!」
「チョコ? 何とも甘ったるい名前じゃのぅ。どれ」
「ヱ? ヱ? ちょっと――」
唇を舐められた!
「~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!?!?」
呼吸もできないでいる千代子と、
「
ため息をつく皆無。
「なんじゃァ、嫉妬か?
「ちゃ、
「誰彼構わずではないぞ?」
「え、そうなん?」
「可愛い奴に限っておる」
千代子と一緒に、皆無も顔を真っ赤にする。
そんな彼を横目で見て、
(本当だ、可愛い)
と千代子は心の中で激しく頷く。
「それにしても、女の将官を見ると田中大尉を思い出すのぅ。アレは女三人組の小隊で、なかなかに華やかじゃった。……このところ、
またぞろ口を舐められやしないかと千代子は怯える。
「皆無に肌を洗わせるのにも飽きてきたところだったのじゃ。田中よ、こやつのことをしばらく借りてもよいかの?」
「は?」
戸惑う大尉。
「駄目かの?」
眉をハの字型にして見せる
「は、いえ」
大尉が背負う筒をぎゅっと握りしめてから、
「我が小隊では立て続けに二人、欠員が出たばかりでして。壱文字少尉が抜けると、私一人になってしまうものですから」
「――――欠員?」
「それは、
「い、いえ、違います! 殿下と皆無少佐殿が戦場に出るようになられて以降、我が隊でも死者は出ておりません」
「なるほど。怪我か病気か。何なら予の魔術で癒してやるが」
「言うて実際に魔術使うんは僕なんやけど」
「口を挟むな、
茶々を入れた皆無が、
まるで姉弟だ、と千代子は思う。
だが、のん気に笑える気分にはなれない。
何故なら――
「――行方不明なのです」
大尉の、重々しい声。
「いずれも入隊してからひと月ばかりのヒヨっ子で。任務中に」
そう。
そういう事情もあって、急遽横浜から招集されたのが千代子なのである。
「……行方不明」
「
皆無がすぐさま言った。
「じゃが、
「こういう仕事や。そういうこともある。それに、大尉の言うように
「じゃが……」
千代子は、
この
およそ
千代子は
「決めたぞ、田中大尉よ。
「や、ですからそれは……」
「行方不明になったのはいずれもヒヨっ子なのだろう? こやつもヒヨっ子じゃ。つい先ほども、
「「うっ……」」
と、これには千代子と田中大尉が同時に
「重ねて言うが、
「な、な、な……」
年端もいかぬような小娘に『子供』扱いされ、怒りに朱が差す千代子と、
「せやから、
「あはァッ!
挑発的な笑みを浮かべた
そんな光景を見せつけられ、他の様々な感情に押し流されて怒りが何処かへ行ってしまった千代子である。
「と、茶番を演じておる場合ではなかったのぅ。田中大尉や、このヒヨっ子をしばらく予の側付きにする。その代わりに、こやつを一人前にして返してやろう。悪い話ではあるまい?」
「うう……~~~~~~~~ッ!!」
頭を抱え、背負う筒をぎゅっと握りしめた大尉がやがて、
「…………殿下の御望みとあらば、喜んで」
「……え? えええええッ⁉」
千代子は戸惑う。
己のあずかり知らぬところで、己の所属が変わってしまったらしい。
よりにもよって、恋の
「というわけでチョコ子、最初の命令じゃァ」
ニヤニヤと微笑む甲種
「寮に行って風呂を沸かしてきてお
❖ ❖ ❖ ❖
❖数十分後 / 神戸外国人居留地 MEP屋敷❖
神戸外国人居留地は、東を生田川埋め立て地、西を鯉川筋こと
理路整然とした碁盤目状の道で仕切られたこの街は、日本で一、二を争う貿易拠点であると同時に、日本が退魔の
『
同宣教会の神戸における拠点は、外国人居留地の一角――三十七番地、
『
MEP屋敷は第七旅団の居留地における派出所らしく、寝床に食堂に風呂にと、一通りのものが揃っている。
「そうじゃ、チョコ子。そうやって乳房の下もしっかり洗え」
その、MEP屋敷の浴室で。
「花ノ王、じゃったか? 人の世の
千代子は何故か、
両腕がないからである。
そんな悪魔の姫君が、千代子に素手で自身を磨かせるのである。
花王の
「
(今までこんなことを、皆無くん――じゃなかった、少佐殿にやらせていたの!? 年端もいかない男児に!?)
ほとんど、精神的な暴力、虐待だと思った。
(何て悪魔的な……嗚呼、
そして、気持ちよさそうに洗われている姫君の姿を見て、改めて思い知らされる。
(本当に、両腕がないんだ――…)
「気味が悪いかの?」
「えッ!?」
そんなに分かりやすく見ていただろうか。
「そ、そんなことは……すみません」
「一ヵ月ほど前になァ、我が祖国は
「……は、はい」
「
それきり、姫は口を閉ざしてしまった。
そんな姫君の肩から湯を流しながら、千代子は士官学校で学んだことを思い出す。
だが、短所もある。それが、
(
(使えないんだ。だから)
皆無少佐という使い魔にヱ―テルを注ぎ込んで、戦わせている。
『一緒に浸かれ』と許しを得たので、恐縮しながら同じ湯船に入った。
西洋式の浴槽は大きくて、二人入ってもゆったりできた。
「お伺いしてもよろしいでしょうか」
「何じゃ」
「姫様は、お幾つなのですか?」
「歳か? 十六じゃ」
まさかの同い年だった。
姫と己の乳房を見比べて、絶望する千代子。
自分もある方だと思っていたのだが、
「
「種族や家による。千差万別じゃ。我ら
「ヱッ⁉ 人を喰らわない⁉」
「何故に驚く? というかそなた、人を喰うかも知れない相手と一緒の風呂に入っておったのか?」
「い、言われてみれば……」
「
「な、なるほど……」
道理であった。
❖ ❖ ❖ ❖
一緒に風呂から上がり、姫の髪と体を拭いた。
洋物の下着と和服を着せると、計ったように
「――【
と、省略詠唱の西洋魔術で姫の髪を乾かす。
本来は長々とした詠唱が必要なはずなのに、である。
士官学校退魔兵科西洋分科主席の千代子は、己がとても真似できない精度の魔術に舌を巻く。
「腹が減ったな、皆無!」
「せやな」
意気揚々と食堂に向かう
「……何で
小さな声で、皆無が言った。慈しむような目で
「
重厚なカツレツを、姫は
千代子はもちろん、白米で食べた。
皆無が口に運ぶカツレツを美味しそうに頬張る
食後は
「えええッ!? お、同じ部屋で寝てるんですか!?」
皆無の部屋で、やおら皆無が床に布団を敷きだしたので、仰天した。
「チョコ子、そなたも一緒に寝るか? そなたなら、
「……僕のベッドなんやけどなァ」
ため息の皆無である。
「いやいやいやいや」
「なァに、まだ精通も来ておらん
(未精通、ならいいか……? いやいやいやいや)
未精通でも、確か勃起はするのではなかったか。
「少尉、貴官の部屋は今日からそこだ」
皆無の隣の部屋を指差す。
「えええッ!?
「それが
「何てこと……」
破れかぶれになって、
姫は寝相が悪く、足をこちらに絡めてくるうえに、ときどき耳に寝息を吹き掛けてくるので難儀した。
❖ ❖ ❖ ❖
❖翌朝 / 神戸港 海上❖
『吾輩は猫である』
――そんなフレヱズで始まる小説が数年後、
この極東の島国で大流行すると、
そんなことを夢に見た吾輩はもちろん猫ではなく、
誇り高き地獄の門番ケルベロスである。
過去・現在・未来を見通す力を多かれ少なかれ持っており、
つまるところそれは予知夢であるが、
吾輩のソレは見たい未来を自由に選択できるような代物ではなく、
予知能力が
どうせなら三文小説のタヰトルなどではなく、
この船が一体全体いつになったら目的地たる神戸の港に着くのかを教えてもらいたいものである。
ゆらァりゆらり。
狭い船室の隅では、道中拾った我が下僕も青色吐息。
共通の仮想敵たる
同盟は同盟でも商業同盟である以上、表立って軍事的協力はできず、
しかしこの力をせめて役立てられやしないかと、
地獄を離れては無力な身の上なれど、
こうして馳せ参じた次第である。
プォーーーー~~…………
プォーーーー~~…………
長い汽笛が二回鳴ったかと思えば、船が
神戸の港に、着いたのである。
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