桜と紫の風事件

1. 風の魔物の居場所

「これがその造園家が『腐土』が混じった土を売った先か……」

 ハニービーのお山から帰った翌日、造園家から春先から今までの腐葉土を売った先の客の名前を聞き、書き留めた紙を持って、私はセシルの執務室を訪れた。

「そう。見て、ビンセント家や、この前の運送組合の組合長の家も土を買っているの」

「本当だ。ユリア、事件の被害宅の一覧とこの一覧を付き合わせてくれ」

「はい」

 ユリアさんが紙を受け取りデスクに向かう。私は彼女が淹れてくれた紅茶を啜った。これで、一覧が合えば、こっちの事件も解決するかもしれない。

「それで、その魔物の一族の方の依頼は解決したのか?」

「うん。一年間は節目節目で訪れて異常がないか確かめなければいけないけどね」

「そうか」

 セシルはふっと笑んで、私を見た。

「随分、表情が明るくなったな」

「うん。私にも出来ることが見つかったから」

 久しぶりに見る彼の柔らかい笑顔に驚く。そういえば、この笑みを見るのは一年ぶりだ。

 ……セシルも無理していたんだな……。

「ずっと押さえつけるようなことばかり言って悪かったな」

「ううん。どうしてセシルがそうだったかガスに聞いたから」

 実は私の降嫁先が決まった後も、お父様やセシルの元には、私に会わせて欲しいという申し込みが、山ほどきているのだという。『中には屋敷で歓迎したい』とか『別荘に招待したい』とか怪しい申し出もあるらしい。

「……ガスには言うなと言っておいたのだがな」

「うん。でも、これからは私自身も気を付けるようにした方が良いって」

『今までのミリーには更に負担を増やすから言えなかったけど、セシル様は本当にミリーがただ心配なだけだったんだよ』

 そうガスは言っていた。

「そうだな。確かにお前も知っていた方が良いだろう。実はお前が聖騎士になったばかりの頃、寮のお前の部屋に入り込み、襲って既成事実を作ろうと計画を立てた団員がいた」

 その団員は既にセシルの方で厳罰に処し、退団させたという。私が騎士団の寮ではなく、お店で暮らしている理由はそれなのだ。

「だから、くれぐれも気を付けてくれ。自分の為にも、ガスの為にもな」

「解った」

 セシルの目が優しい。厳しいようで、いつも気に掛け、助けてくれる双子の兄に私はしっかりと頷いた。


「セシル様、ミリー様、一覧が一致しました」

 ユリアさんが風の被害宅と腐葉土の売り先の一覧を並べてテーブルに置く。

「一カ所を除いて、ですが」

 ペンでチェックが付けられた一覧は売り先の方の一番上の名前だけ空白になっていた。

 ……やっぱり……。

「ガスがセシルに訊いて欲しいって言ってたけど……」

 私は指でチェックの付いた客の名をなぞった。

「このうちで『腐土』の瘴気を感じた現場はあった?」

「いや、感じなかった。もし『腐土』があったのなら、あの独特の瘴気はすぐ解る」

「だよね」

 ビンセント家のお庭でも確かに腐臭と何かの力の残滓は感じたが、あの粘り着くような瘴気は感じなかった。あのときは私はまだ『腐土』の瘴気を知らなかったが、もしあったなら一緒に説得に行ったフランが解るはずだ。

「『腐土』で怪物になったモノは更に『腐土』の力を求める……』」

 セシルに金獅子草の怪物を倒したとき、別の怪物の死骸を使っておびき寄せたことを話す。

「もし、腐臭のする風を起こす『何か』が『腐土』で変化した怪物だとしたら……」

 庭を襲った理由は、他の庭にある『腐土』を奪う為だったのかもしれない。

「……ということは……」

 チェックのついてない顧客を指差す。

「ガスがここに犯人がいる可能性が高いって」

 ユリアさんが息を飲む。

「アルスバトル公主宅……」

 その名前を読んでセシルが唸った。

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