5. 手紙
すっかり日も暮れた夜道。お父様のお屋敷からオークウッド本草店へと帰る道を私達は歩いていた。
迎賓館の庭園の裏にある御用邸は、初代『勇者』が建てた故郷の村を模した家で、それを代々必要に応じて改装したらしい。素朴な二階建ての邸宅の台所のテーブルで、私達はマギーことマーガレット・ガーラント・アルスバトル……お母様の手料理をご馳走になった。
夕食は昔『伯母様』としてよく、おじいちゃんの家の台所を使って、ご馳走してくれた私の好物ばかりで
『会話はオレが引き受けるから、ミリーは話したいときに話せば良いよ』
事前にガスが請け負ってくれたのもあって、息詰まることなく、和やかな時間を過ごせた……と思う。
でも……。
『私達ならいくら怒っても恨んでもくれてもかまわない』
お父様とお母様が私に対して、そこまで決意してくれたのに、私は両親にぎこちなく距離を置いてしまっている。それが今回の訪問で、よりはっきりと解ってしまった。
そんな私は二人にとって、私に距離を置いてしまった騎士団の人達と変わりないのではないだろうか?
自分のときは、あんなに寂しく感じたのに、私も両親に同じことをしているのではないだろうか?
「……私って最低……」
そうぽつりと呟いたとき
「ミリーは最低なんかじゃないよ」
きっぱりとした声が返った。隣を見ると、ガスがふにゃりと優しい顔で私を見上げている。
「オレはミリーを小さいときから、よく知っているからね。ミリーはずっと、自分にお父さんやお母さんがいないことを寂しく思っていたじゃないか」
『おじいちゃん、ミリーのお父さんとお母さんはどんな人だったの?』
『良いな~、セシルはお父さんとお母さんがいて。伯父様と伯母様がミリーのお父さんとお母さんだと良かったのに……』
確かにそんなことを言って、まだ当時、私に本当のことを言えなかったおじいちゃんやセシルを困らせたことがあった。
「ミリーはずっと『お父さん』と『お母さん』に憧れていたんだよね。それで寂しくて辛い思いをしてたけど、年月を掛けて、なんとかそれを受け入れて飲み込んだんだ」
病気や怪我、事故や災害で成人前に親を亡くす子は多い。そういう子は祖父母や親戚、親が働いていた勤め先の主人や近所の人、または寺院で引き取られて、やがて自分で自分の食い扶持を稼げるようになると、そこを出て大人として暮らし始める。シルベールにも沢山いる、そんな子供達を見て、私もそういう子なんだと思っていた。
「それなのにいきなり、実は『お父さん』と『お母さん』がいました、私達がそうでした、って言われても、そりゃあ、急には受け入れられないよ」
「それが当たり前でしょ、お嬢」
ガスの肩でフランがぷるんと身体を揺する。
「怒ったり恨んだりはしなくても、戸惑ったり悩んだりはするさ」
「……うん」
そうか、このもやもやは、その『戸惑い』なんだ。
ガスの目がふにゃりと笑う。その笑みにほっと息をつく。おかげで少し、自分の気持ちが解ったような気がする。
「だから、ミリーは悪くない」
「……でも、また『伯父様』と『伯母様』のときと同じように、お父様とお母様と仲良くなりたいな……」
おじいちゃんのお家でセシルと一緒に遊んだり、台所で一緒にお料理したり、お膝に乗せて貰って御本を読んで貰ったり……あのときのように戻りたい。
つんと服の袖が引っ張られる。フランから話を聞いたのか、ガスの鞄から影丸が手を伸ばして、袖を掴んでいた。
「………………」
『桜の姫君』に見せようとしていた薄ピンクの花びらを手に乗せて、何かを一生懸命話してくる。
「カゲマルの持っている花びらは『桜の主』から『桜の姫君』に宛てた手紙なんだって。だから、『貴殿も御両親に手紙を書いてみたらいかがでござるか?』と言ってるわ」
「……手紙……」
そうか、面と向かってはどうしてもぎこちなくなるから、二人に手紙で伝えてみるのが良いかもしれない。
ますは『怒っても恨んでもいません』と伝えたい。
次に『でも、ずっと寂しかったのです』と。
そして『まだ戸惑って、どう接していいか解りませんけど、いつか仲良しの親子になりたいです』と、お願いしたい。
「うん、そうするよ」
ちゃんと伝わるかどうかは解らないけど、今の気持ちを正直に伝えたい。
「それが良いね」
「繕わずに素直に書きなさいよ。でないと向こうも困るんだからね」
「うん!」
月明かりの下、『姫様通り』に向かう道に私とガス、フランと影丸の影法師が並んでいる。それがとても心強くて、私は元気に返事を返した。
* * * * *
考えて考えて、三日掛けて、出来るだけ自分の気持ちに正直に書いた手紙を手に私は騎士団事務所の事務室を訪ねた。
事務方の職員の人に手紙を預け、差出人受付の用紙に名前を書く。
「よろしくお願いします」
「はい、確かにお預かりしました」
職員の人が手紙を郵便箱に入れる。
ぱさりと軽い音が箱から鳴った。
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