4. 二人目の勇者
「ここにサクラがある庭園があるんだ」
翌々日の昼過ぎ、私はガスと影丸とフランと一緒にシルベールの西にあるアルスバトル辺境伯の邸宅……お父様とお母様のお屋敷に訪れた。
私の面会の申し出にお父様とお母様はとても喜んだらしい。すぐに予定を開け
『ガスくんも来るのなら、一緒に夕食を取ろう』
とユリアさんを通して返事を返してくれた。
白い石塀で囲まれた門の向こうには、以前訪れたビンセント家の邸宅の倍以上はある、広い前庭と豪華な館がある。
「ここは皇国や他の東方四国からのお客様をお迎えする迎賓館なんだよ」
磨き上げられた床に敷かれた、足首が沈むような絨毯を踏んで、お父様は自ら私達を案内してくれた。廊下の隅には美術品らしき彫刻が、壁には絵画が飾られ、高い天井には硝子のシャンデリアが煌めきながら下がっている。
しかし、この館はあくまでお客様を泊める為のもので、お父様が執務を行い、お母様やセシルと住んでいる御用邸は館を取り巻く庭園の向こうにある。
「日常生活を送るには適してない館だからね。でも、さすがに皇帝陛下がお泊まりになるとなると、これくらいないといけないんだ」
お父様が振り返り、少しふざけるようなウインクをした。
「そんなに高貴な方が、よくお泊まりにこられるのですか?」
初めて見る豪華な館に、ガスがいつものふにゃりとした目をまん丸に開けて驚いている。
「アルスバトル公国……というよりは皆『勇者』の血筋をひく者に会いに来たがるんだよ」
初代『輝石の勇者』は元は、皇国の山間部の田舎村の少年だったという。その村を『魔王を倒す勇者がいる』という予言を聞いた『腐土の魔王』が襲い、村人を皆殺しにし、焼き払った。しかし、代々村に伝わる『輝石』と共に少年がただ一人、生き残り、皇帝に保護され成人した後、『輝石の勇者』として魔王討伐に旅立った。
「そのせいか、皇国では今でも勇者の人気は高くてね」
半島での最終決戦の末、魔王を倒した『勇者』は一度は皇国に凱旋した。が、その後、皇国で魔王の時代に、魔王の配下にさせられたり、関係を持たされた人達が迫害されているのを見て、皇帝に『輝石』を献上することで、彼等の為に新しい国を興す許可を得たのだ。
そして、彼等を率い、荒廃していた半島を復興させ出来たのが、このアルスバトル公国。
「そういう歴史があるにも関わらず、皇国の貴族達にとって勇者に会うのは一種のステータスになっているんだ」
館の左翼の建物から出て、お父様が『和国』風にあつらえた庭の飛び石を渡って行く。
「特に皇帝は未だに勇者は自分のモノだと思っているふしがある」
実は一代に二人勇者が産まれることは、セシルと私が最初ではない。初代『勇者』からお父様で五代目、その間に二回あったという。
「しかし、皇帝の配下になった最初の二人目の勇者は、魔物討伐や皇国の騎士との闘技会、勇者の血を継ぐ為の複数人との結婚で、身体と心を病んで早くに亡くなってしまった」
ゾクリ……背筋に寒気が走り、思わず足が止まる。
「その悲劇から、二度目の二人目の勇者はアルスバトル家から離し、隠して育てられたんだ」
幸い、その勇者は当時の皇帝がアルスバトルにほとんど興味が無かったのもあり、見つかることなく平穏に生涯を終えた。
「しかし、今の皇帝はまだ勇者を配下に従えることを夢みている」
「ミリー」
びくりと震えた私の手をガスがしっかり握ってくれる。
「ミリアムには非道いことをしたと私もマギーも思っているよ」
私を見る、お父様の少し赤みが掛かった鳶色の瞳が悲しげに歪む。
「しかし、これしが方法がないんだ。私達ならいくら怒っても恨んでもくれてもかまわない。だから、どうか今の立場に甘んじていてくれ」
コイという金や白、赤の鮮やかな観賞魚が泳ぐ、池に掛かった小さな石橋を渡る。山を模して小高く土を積み上げた築山と呼ばれるものの前に、一本ぽつんと木が植わっていた。
「これがうちのサクラだ」
「……!!」
影丸が声を上げ、ガスの鞄から飛び出し、桜の木に駆け寄る。
「……」
短い足を折り、正座を呼ばれる『和国』の座り方をすると地面に手をついて、深々と頭を下げた。
「……、…………」
どうやらこれが『桜の姫君』で間違いないらしい。私は桜の木を見上げた。すんなりとした樹形は確かに『姫君』らしくしなやかで、枝にはところどころ若葉が芽吹き、蕾が下がっているが……。
「花が咲いてない……」
確か桜はそろそろ開花の季節のはず。オークウッド本草店から騎士団事務所に通う道すがらにも、塀越しに時々、淡いピンクの霞のような花を見かける。
しかし、この桜はまだ蕾も堅い。それに……。
「『リラの君』に嫁いだと聞きましたのに、サクラ一本だけですね?」
ガスも桜を見上げて、ふにゃりと首を傾げた。
「ああ、この隣に植えてあったリラの木は去年の夏に枯れてしまって、今は一本だけなのだよ」
お父様が桜の横のぽっかりと開いた空間を指した。
確かにそこは何かを掘り返し埋め直したのか、土の色がくっきりと他と違っていた。桜の周囲にはスミレの群生が紫の色の花を可憐に咲かせている。しゃがみ、その花びらをそっと指で摘む。
「どうしたんだい?」
「……うん、ビンセントのお屋敷の花壇が風でダメになったときに、地面に落ちていたという花びらに似ているなぁ……って」
ナタリー嬢が拾い、セシルに預けた花びらと、このスミレの花びらはとても良く似ている。私は
「ごめんね」
花びらを一枚取って、ハンカチにくるんだ。
「後でセシルに見て貰うよ」
立ち上がると、影丸はまだ桜に向かって何か話している。薄ピンクの花びらを手に乗せ、一生懸命訴えてるが……聞いて貰えなかったのか、とぼとぼと肩を落として戻ってきた。
「フラン」
「はい。坊ちゃま」
フランがぴょんとガスの肩から降り、彼に身体をぺとんとくっつける。そのまま意気消沈したようすの彼の話を聞き
「『桜の姫君』が深く眠っていて気づいて貰えないんですって」
ぷるんと振り返った。
「深く眠っている……」
それで蕾はまだ花開いてないのだろうか?
目を閉じ、勇者の知覚で周囲を探る。だが……。
「う~ん、『桜の姫君』のかな? すごく清々しい力が満ちていて、何が起こっているのか全然解らないよ」
私は首を横に振った。
「若葉と蕾をつけているってことは、それまでは起きていたってことなんだろうけど……」
何故か、その後『桜の姫君』は眠ってしまったらしい。ガスが唸る。
「とにかく、このまま眠りっぱなしということはないだろうから……。カゲマル、しばらくうちの店に滞在して『桜の姫君』のお目覚めを待つかい?」
ガスの言葉をフランが伝える。うなだれていた影丸がまた地面に正座し、今度はガスに向かって頭を下げた。
「『度かさなり、ご迷惑をおかけ申すが、そうさせて頂きたく』ですって」
「うちは全然構わないさ。大切なご主人の遺言なんだろう。そうしなよ」
「そういうことなら『桜の姫君』が咲いたら、私からまたユリアに連絡を入れよう」
お父様も請け負ってくれる。影丸がまた私達に深く頭を下げた。
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