プロローグ
序章
異様な女だと、一目見て
それは女の身の上でありながら、総髪に髪を結い、筒袖・野袴という男装をしているからではない。こちらを見据える、眼が違うのだ。
夜。晩夏の月に照らされた女の眼は、血肉を貪る欲に駆られた、猟犬が持つそれであった。
〔
「逃げろ、罠だ」と、慌てて命じたが、時すでにに遅し。たちまち一味は取り囲まれ、そして今、両の足で立っているのは、九平ひとりだった。
「下手を打っちまったな。まさか、手ぐすねを引いて待ち構えているとは思わなかったぜ」
九平は自虐気味に吐き捨てた。渡世人の子として生まれ、すぐに先代のもとに修行にだされた。そこで二十余年。盗賊修行を重ねて跡目を継ぎ、それなりに名前も通るようになった矢先だった。
手抜かりは無かった。この押し込みに、一年以上もじっくりと手間暇を掛けたのだ。それだけの価値が、この割元屋敷にはあった。それが、この
「お前さん、女の身で
すると、女が陽に焼けた顔に僅かな笑みを浮かべた。
歳は二十代半ばだろうか。もっと若い気もするが、判別はつかない。
決して美人の類ではないが、悪くはない顔立ちだとは思う。目鼻立ちはしっかりとしていて、その表情からは意志の強さが伝わる。好き嫌いは分かれるところであろうが、自分なら〔有り〕だ。ただ、身体は逞しく鍛え上げられている上に、顔は小麦色に焼けている。悲しいかな、女らしさは皆無だった。
「見事だよ。本当にしてやられた」
この女が、用心棒たちの
女は二尺ほどの
「しかし、こちらの動きをよく察していたな」
「ずっと内偵していたからね。いつどこを襲うか、昨日どんな女を抱いたかさえお見通しさ」
内通者か。ふとそんな事が頭を過ぎったか、今更どうしようもない話である。
「お前さん、
女は、一瞬だけ考える表情を見せて、すぐに口を開いた。
「いいわ、どうせあんたは獄門送り。冥途の土産に教えてあげる」
すると、女は二本の
そして小脇に構えると、女は口を開いた。
「あたしらは、
九平が頷いた。
数年前、老中であった
「へへ、まさか逸撰隊が出張ってくるとはね。すると、あんたが噂の
毘藍婆。この世の始まりと終わり、つまり
(まさか、ここで会えるとは思わなかったぜ)
噂では聞いていた。逸撰隊を率いる、女の存在を。そして、その女は鉄杖を持って関八州で暴れまわり、毘藍婆と呼ばれて恐れられているという。
「まぁ、この夜狐の九平の最後の相手にゃ不足はねぇ」
腰から
「それは光栄だわ。でも、あたしは毘藍婆という
「違いねぇ。なら名前を聞かせてくれよ」
女が鉄杖を肩に担ぐと、九平を見据えて不敵に笑んだ。
どこまでも、異様な女だ。禽獣の持つ、獲物を狩る眼。すると、喰らわれるのはこの俺か。
「一番隊組頭の
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます