雑用しかできなくて会社をクビにされたけど、美人巨乳社員たちに迫られたので良しとします。


「万帆さんタバコ吸いすぎですって……。やめてくださいよ」


「うるさいな、圭一。私はね、吸いたいときに吸って飲みたいときに飲むんだ。そうやって死んでいくの」


「昭和の映画スターじゃないんだから。健康でいてくださいよ。僕が養いますから」


「へへ、生意気だなー、相変わらず」



 万帆さんが煙を吐き出して「むほっ」と笑った。

 冬の空に煙が昇って消えてゆく。



「いいじゃん。愛弟子の卒業式だ。今日はとくべつ」


「クビにさせておいてよくそんなことが言えますね……」



 僕は屋上の手すりに首を預けながら、ぼんやりと街並みを眺めている。

 この街は広い。あの窓の光のひとつひとつに今も働いている人がいる。



「五十鈴は甘えすぎなんだよな。ちょっとくらいしてやらんと」


「嫉妬ですか?」


「嫉妬? バカ言え。何度も言ってるだろ、圭一。そういうのはナシだ。私は君とは付き合わない」


「なんでですか! こんなにもこの会社に尽くしてきたのに! 文句の一つも言わずに働いてきましたよ。万帆さんに惚れてなければ、今頃僕はあの職場の女性社員たち全員を抱いていました!」


「こら、会社の風紀を乱さないでくれ。だからやなんだ。私の会社だぞ?」


「……それは冗談ですけど、社長のためならなんでもしますよ。だから、結婚を前提に付き合ってください!」


「わがままだけで愛は買えないよ。もっと他のものに目を向けたほうがいい。ずっと言ってるだろう。私は誰のモノにもならない。私は、この会社と心中するつもりなんだ」


「……じゃあ、また雇ってくださいよ。いつかでいいんで」


「ダメです。圭一、君はもっと大人になれ。他の会社を見てこい。そして、ココへは戻ってくるな」


「……むぅ。万帆さんになんか惚れたくなかった。だけど、恩があるので仕方なく身を引きます」


「それでいいんだよ」



 学生時代、僕はずっといじめられていた。

 誰かに逆らうことを諦めて、勝負することから逃げて、誰かのパシリになることで、平穏な生活を得ることができていた。

 そうして少しずつ、自分の意思がない「金魚のフン」と化していった。

 自分なんてどうでもよかった。

 やりたいことも、したいことも、なにもなかった。

 教師や親の言うことだけを聞いていればそれでよかった。将来なんて何も考えていなかった。


 そして、高校を卒業してから僕は部屋に引きこもった。

 やりたいことは何もなかった。

 ずーっとぼーっと部屋で空を眺めていた。

 時々、親の家事を手伝うことによりなんとか家庭内で居場所を確保していたが、次第に肩身が狭くなっていった。


 あるとき、四つ年上の加藤万帆さんが家にやってきた。

 親同士が仲良くて、幼なじみだった僕らは小学生の頃はよく遊んでいたけれど、年齢を重ねるにつれて、どんどん万帆さんは偏差値の高い学校に通うようになっていき、それと平行するように僕はどんどん落ちぶれていったので、次第に会わなくなっていった。


 それなのに、久々の再会だった。

 閉じられていた部屋を乱暴にこじ開けて、万帆さんは僕に行った。



『起業しようと思う。どうせ何もしてないんなら、雑用でもなんでもいいから手伝ってくれよ、圭一』



 こうして、僕は彼女のために生きることを決意した。


 三年だ。わずか三年。


 歳が離れているこの人に助けられて、それからずっとこの人に恩を返すために生きてきた。

 自分の存在意義なんてないと思っていた。

 自分が立派な社会人として生きてゆけるだなんて思ってもいなかった。

 学歴も、社会経験も、彼女すらも出来たことがない落ちこぼれでインキャな無能な僕。

 そんな僕にすべてを叩き込んでくれたのが万帆さんだった。


 ──この人には、感謝しかない。



「そうだ。久しぶりに飲みにいきません?」


「いいねぇ。飲み比べでもしようか」



 ※ ※ ※



「……げぷぅ。また負けた。バケモンかよ」


「圭一。お前は酒が弱いなー」


「……ちがいますよ。万帆さんが強すぎるんです」


「もっと強くならんとダメだぞー。営業マンは酒が弱いと話にならないからな」



 そういうと万帆さんはゴクリとビールを飲み切って、またビールの追加注文をしていた。

 本当に勝てる気がしない。



「……ねむい」


「こら、やめろ」



 僕がわざとらしく万帆さんに肩に頭を預けると、すぐに払いのけられた。

 んーと声をあげながら、串を頬張っている万帆さんを見る。



「……家、いってもいいですか?」


「ダメだ。お前と違って、明日も仕事だからな」


「抱きたい」


「もう諦めろ」


「……疲れたときにマッサージしますから」


「あんなのは誰でもできる。頑張れば、な」



 マッサージの技術やコーヒーの淹れ方など、すべてを教えてくれたのがこの人だった。



「大人しく五十鈴と付き合えば? あの子、圭一に気があるみたいだったぞ」


「口悪いからイヤです。なんかめんどくさそう。おっぱい大きいのはいいけど」


「本当にお前ってヤツは……」



 呆れて笑う。酒が入っていたから、僕も大きく笑った。

 万帆さんは「出るぞ」といって、お会計をすべて支払ってくれた。


 ※ ※ ※


 万帆さんにおんぶされながら、街を歩いている。

 快楽街の光が人々を照らしている。

 回した手が、時々胸に触れた。

 あったかい背中に思わず、キスしたくなった。

 出来ることならこのままホテルで一夜を過ごしたい。この人を僕のものにしたかった。



「……万帆さん、恋人つくらないですかぁ」


「作らない。でも気が変わったときは、またお前に報告するよ」


「まじすか。やったー」


「圭一よりもお金を持っている、なんでも仕事ができる、男らしいヤツとなら結婚してもいいかな」


「そんなー……」



 女性におんぶされながら、情けない声で泣きそうになっている僕は、やっぱりいつまでも子供のままだった。

 この人と一緒に人生を歩んでいきたかった。

 それが僕自身の初めての【意思】であることに、今になって気づいてしまった。

 ただの片想いに過ぎなかったとしても。



「……わかりました。じゃあ、この万帆さんよりも大きな会社を作って、万帆さんがメロメロになるくらいに大金持ちになって、あなたを迎えにいきますね」


「はは、いつになることやら。……まぁ、ありがとう。気持ちだけは受け取っておくね。楽しみに待ってる」



 駐車場付近で降ろされる。

 タクシーを呼んでいたのか、真帆さんはさっさと乗り込んでいった。

 一人で歩けるだろう、そう言って彼女は静かに頭を撫でた。


 出発の直前、窓が開いた。



「短い間だったが、世話になったな。ありがとう、佐藤圭一くん。あいつらを助けてくれて。次の職場でも頑張れよ。またな、元気でね」


「はい。ありがとうございました! いつまでも大好きです」



 言うと、彼女は照れ臭そうに笑って窓を閉めた。

 小さくて手を振っている。

 僕は去ってゆくタクシーに向かって、大きく手を振って、深々と頭を下げた。

 酒のせいか、不思議と涙は出てこなかった。


 夜の街には、月が昇っている。



「ふー、帰るかー。これから仕事を探さないとな」



 なんだか足が軽い。

 ほろ酔い気分でスーツのポケットに手を突っ込むと、一枚の紙が入っていた。

 一体、誰がどこで入れたのだろうか。



「夢を叶えるまでの、辛抱だ」



 連絡先の記入されたソレをゴミ箱に捨てて、僕は機嫌良く夜の街へと歩き出すのであった。

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雑用しかできなくて会社をクビにされたけど、美人巨乳社員たちに迫られたので良しとします。 首領・アリマジュタローネ @arimazyutaroune

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