加藤万帆。
ぶらぶらと首からかけたICカードを見せつけるように室内に入ると、まるで僕が超能力でも披露したかのように、驚いた顔でみんなが見ていた。
「あ、アンタ……なんで?」
「いやだから、ICカードを返却しにきたんですけど。あ、依千夏さんお菓子美味しかったです。ごちそうさまでした」
「……そうじゃなくて、なんでこのタイミングでくるの?」
「ええっ……じゃあ日を改めます。 というか、社長って。てかあれ? なんで宮本先輩泣いてるんです?」
僕があっけらかんな様子でそう言うと「泣いてないっ!」とすぐに五十鈴さんに否定された。
泣いてたじゃん。
「あ、佐藤くんちょうどよかった〜。なんか、五十鈴ちゃんがパソコンにコーヒー溢しちゃって調子悪いみたいなの。ちょっと見てあげてくれない?」
「了解っす」
百香さんに言われて、すぐに五十鈴さんの席に向かう。
なにもいわずに、五十鈴さんは僕が近づくと席を譲ってくれた。
ぐすん、と鼻を啜る音がする。
「……なるほど。あぁでもたぶんバックアップとっているんで大丈夫だと思いますよ。ちょっと待ってくださいね。復旧させます」
泣いている五十鈴さんが気になるものの、腕を捲って、復旧作業を開始させる。
このスーツを着たのも、久々だ。
※ ※ ※
「ほい、これである程度は大丈夫だと思います。またなんかあったら今度は業者に相談してみてください」
ふーと息を吐いて、業務を完了させる。
すると、後ろには本田百香さんと山下依千夏さんがニヤニヤしながら立っていた。
「佐藤くん、かっこよ」
「すごすぎ。……こりゃ、五十鈴ちゃんも惚れるわけだ」
「このくらい誰でもできますよ」
僕がきょとんとしている中、五十鈴さんは元気なさそうに俯いていた。
首をコキコキと触っている。
おお、出番のようだ。
「五十鈴さん、お久しぶりです。肩をマッサージ致しますね」
「……」
五十鈴さんはなにも言わずに、ただ黙ってマッサージを受けていた。
しばらくの間、誰も業務を再開しようとはしなかった。
僕が彼女の肩を揉んでいるサマを、みんながまじまじと眺めている。
「はい、終わりました。またいつもみたいに元気だしてくださいね、五十鈴さん」
「ねぇ、佐藤」
「なんすか」
「……なんで、五十鈴って呼んでるの?」
「あ、」
しまった。ついつい内心ではみんなを下の名前で呼んでいたので、思わずクセが出てしまった。
失礼にあたるだろうか。
まぁでも、退職したしいいだろう。
「……別にそれはいいけど、あんたさ」
「あ、ちょっと待ってください」
五十鈴さんがなにか言い出すよりも先に、汚く汚れている洗面台のシンクだったり、溜まっているゴミが目に入ってしまった。
僕はいつもの要領で動き出す。
何故か知らないが、空気も澱んでいる気がしたので、窓を開けて換気をおこなった。
昼休みでもないのに、この会社の社員でも掃除の業者の人でもなんでもないのに、気がつくと僕は掃除をしていた。
社内がピッカピカになり始める。
その様子を依千夏さんと百香さんは、僕が淹れたコーヒーを飲みながら、ニヤニヤと眺めていた。
「いやぁ、やっぱり佐藤くんの淹れてくれた超絶苦いヤツはガツンときますなぁ〜」
「佐藤くんまた飲みにいこうね。今度は五十鈴ちゃんも誘ってさ」
足元に置いてあったゴミを片付けていると、ガチャリとドアが開いた。
突然、社長が現れた。
「ほーい、また掛け直すー。んじゃねー」
社長は電話を切って「おーい」と僕を見た。
腰に手を当てて、冷たい視線を飛ばしてくる。
「佐藤圭一くん。なんで、君はまだこの会社で雑用をおこなっているのかな。やらなくていいよ。君はもう部外者なんだから。それともなにかい。また学生時代のように誰かの金魚のフンになり続けて、自分を犠牲にして、結果的に己の身を滅ぼすのかい。そういう奴隷根性をいい加減に卒業させな。君はもう私の手を離れて、立派な社会人として歩んでゆくんだからさ」
「だって、雑用は本来みんなでやるものだからね」
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