雑用ヒーロー。


(side:宮本五十鈴)



 佐藤が会社をクビになってから、一ヶ月が経過した。

 もぬけの殻となった席を眺めながら、あたしをため息をつく。


 (……つまんない)


 ネットでの販売をメインとしている化粧品の会社で、アイツはなんの知識もなく、女性たちに混じって、一人黙々と雑用ばかりこなしていた。

 キツく当たっても動じることなく、真面目で優しく、いつも落ち着いていた。

 明るくて、優しくて、頼り甲斐はなかったし、仕事は出来なかったけれど、アイツがいてくれるだけで、職場の雰囲気はとてもよかった。


 だけど、いなくなってしまった。

 もうあたしの肩をマッサージしてくれる人はいない。



「そろそろゴミ捨ての当番決めしないとだね〜」


「……そう、ですね」



 溜まりに溜まったゴミを見ながら、頭を抱える。

 あたしたちは仕事ができる。

 だけど、家事全般、それ以外のことはからっきしできなかった。

 健康よりも仕事を優先してきた。

 それが、社長とあたしたちの方針だった。

 

 そんなときに現れたのが佐藤だった。

 佐藤はなにひとつ文句を言うことなく、あたしたちを言うことをなんでも聞いてくれた。

 今、思えば、彼に全部任せきりだった。

 自分たちがしなくてはいけないことも彼に押し付けて、仕事を理由にして逃げていた。

 居なくなってから初めて、その必要性に気付けた。

 今更、もう遅いというのに……。


 もう文句を言える相手はいない。

 困った時に愚痴を聴いてくれる人はいない。

 肩が凝ったときにマッサージしてくれる人はいない。

 寝不足で出勤してきたあたしたちに笑顔で目が覚めるコーヒーを淹れてくれる彼は居ない。

 助手席でたわいもない話をしてくれるアイツはいない。

 営業で場を和ませてくれる佐藤圭一はいない。

 いない、いない、いないいない。

 もうこの会社に彼はいない。

 空っぽになってしまった。

 心が、空っぽになってしまった。

 寂しい、寂しい、寂しい、寂しい。

 ゴミが溜まっている。

 ゴミが溜まっている。

 肩が凝っている。

 肩が、ずっと凝っている。



「……元気ないみたいだけど、五十鈴ちゃん大丈夫?」


「べ、別に大丈夫ですっ! 元気はありますよ!」



 ──と、心配させないようにムキになって立ち上がったとき、思わず手がコーヒーカップに当たってしまう。



「あっ……」



 中身の液体がコーヒーのキーボードを侵食していくのを黙ってぼーっと見ていることしかできなかった。



「ちょっと、なにやってんのよ〜もう」


「あ、はいっ……。すいませんっ」



 百香さんの声で目を覚ます。

 大事なデータがたくさん保存されているPCだ。

 お得意先からの資料だったり、このままだと午後からの営業にも支障が出てしまう。


 いそいで拭き取ろうとするも、画面がフリーズしたまま動かない。

 えっ、どうしよう。どうしよう……。

 こんなとき、どうしたらいいの?

 このままだとお得意先に契約をキャンセルされてしまう。



「五十鈴ちゃん……大丈夫?」


「え、えっと」



 依千夏さんが立ち上がったのを見て、あたしは思わず目を逸らした。



「大丈夫じゃ……ないかもです」



 パソコンがまったく、動かない。

 こんなとき、どうしたらいいのか全くわからない。



「……ぐすっ、うっ……うぅ」



 涙が出てきてしまう。

 職場で泣くだなんてそんな恥ずかしいことはしたくなかったのに、精神が不安定になっている。

 社会人5年目なのに、25歳なのに、もう大人なのに。

 なんでこんな凡ミスをやらかしてしまったのか。


 ……情けない。自分が情けない。

 こんな不器用な自分が大嫌いだ。きっと誰からも愛されないに決まっている。

 連絡だってきてないし、嫌われてるに違いない。

 あんなことしなきゃよかった。

 あたしはバカだ。ぜんぶ、あたしのせいなんだ。


 あたしが佐藤を追い詰めた。アイツを傷つけた。

 バチが当たったんだ。きっとそうだ。絶対そうだ。

 神様は見てたんだ。だから、佐藤をクビにするってのを社長は判断したんだ。

 日頃からあたしに怒鳴られていたから、アイツは要らないと判断して、合理的に切り捨てたんだ。

 あの人は無駄が嫌いだから……。


 最低だ。最悪だ。

 佐藤じゃなくて……あたしが、辞めたらよかったんだ。


 感情が溢れ出してきて、今すぐにでもココから逃げ出したくなった──そのときだった。



「お疲れ様です。社長っていらっしゃいます? ICカードを返却しにきたんですけど」




 雑用ヒーローが、あたしを助けにきてくれた。

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